劇場公開日 2020年1月31日

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「非の打ち所のない傑作」母との約束、250通の手紙 耶馬英彦さんの映画レビュー(感想・評価)

4.5非の打ち所のない傑作

2020年2月14日
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鑑賞方法:映画館

 幼い頃の魂が幼いままに人生を放浪するような物語である。ひとりの少年とその母の半生を描いた極めてプライベートな物語なのに、どこか一大スペクタクルを見たようなスケール感がある。満足感を通り越して満腹感がある。凄い作品だ
 中原中也に「頑是ない歌」という詩がある。「思えば遠く来たもんだ」ではじまる有名な詩だ。十二の歳から世帯を持って子の親になるに至った、思えば長い道のりだった、どこまで行っても十二の歳の魂はついて来る、そんな詩である。
 本作品のロマンも、成長するにつれて世間ズレしたり人扱いが上手くなったりするが、魂は決してブレない。母の厳しい愛情を一身に受け、沢山の忠告と励ましの言葉を聞かされた子供の頃の記憶は大事に保たれ、必ずしもフランス万歳という母の価値観は共有しないものの、母の優しさだけは残っている。

 物語のテンポがよくて、ロマンの成長と体験がよく分かる。聖人ではないが、悪意のない優しい大人に育った。波乱万丈の人生を送っても、心の奥底には母の優しさがある。そして母の励ましがある。だから母と同じように人に優しくなれる。母と違って思い込みがないから、母ほど他人に厳しくはない。
 映画の原題の「La promessa dell'alba」(夜明けの約束)は、ロマンの自叙伝的小説のタイトルでもある。その原稿をロマンの妻が読むという形式で、読んでいる内容が映像化されたのがこの映画だと言っていい。安心感のあるこの二重構造に支えられて、母とロマンの放浪がリアルに描かれる。エキセントリックで思い込みの激しい母だが、ロマンは幼い頃から自分が母の愛に包まれていることを知っている。これほど愛されたことも、これほど愛したこともない。
 母の愛と優しさは、その底なしの深さによってロマンを絶望に追い込むことになるのだが、それはまた別の物語だ。息つく暇もなく鑑賞できて、鑑賞後には強い印象が残る。台詞も映像も音響も役者陣の演技も素晴らしい。非の打ち所のない傑作である。

耶馬英彦