「鳥籠からのエスケープ」ビッチ・ホリデイ いぱねまさんの映画レビュー(感想・評価)
鳥籠からのエスケープ
今作品が北欧映画というのが興味深い。いわゆるDVや人格支配からとはイメージが一番遠くにある国だと勝手に誤解していたからである。しかし考えてみればどの国であろうともこの問題は決して無くなることはあり得ない事など容易に想像できることを今作品によって思い知らされた。改めていうべきはシンプルな内容のストーリーであり、ヤマらしいヤマはクライマックスしかなくそれ以外は淡々と何ともない怪しいセレヴ日常を描いているのみのシーンの連続である。多分、映画にカタルシス又は勧善懲悪、溜飲が下がる効能を期待している人は決して興味を持てないし、それどころか、このサイトのレビューに良くある“金の無駄使い”案件だと決めつける作品であろう。しかしながら今作品における厳しい現実の投写を心に留められる人は、それだけ心のひだが沢山あり、より見聞が広い人であると考える。哲学や倫理観、矜持からは真逆のベクトルで動く、そんな欲望に身も心も堕ちていくことは人間は簡単なことであることを示唆した強烈なメッセージの内容である。人間が奴隷になる際、その打算がどれほど自分を蝕んでいくのか無自覚である。恵まれた生活を棄ててまで暴力に支配された境遇から脱出したいのか、しかしそのチャンスが訪れたとき、最後の抵抗を悪魔は嗾ける。それは支配者からのえげつない屈辱というストレートなものではなく、それを甘んじて受けてしまった自分を詰るチャンス側に潜んでいるのだ。そこに反省と再出発を誓うことが出来れば、本来の人間らしさを取り戻せるのに、逆にその苦言に自分の正当性とくだらない偽りの尊厳=自己保身を以て挑めば、その時点で悪魔の勝ちなのである。そして取り返しの付かない罪を背負い、悪魔達の世界に取り込まれる女は、必ず悪魔に喰い殺されることに諦めとそれを振り払うかのように狂乱と豪奢な日常に甘えるしかない、憐れな動物に成り下がるのである。今作品のシンプルだが奥深さを、退廃と光り輝く映像で赴き深く表現できた秀逸さは、体験できて良かったと思っている。