「最初はサッカー選手の死だったのに・・・」僕たちは希望という名の列車に乗った kossyさんの映画レビュー(感想・評価)
最初はサッカー選手の死だったのに・・・
18歳で進学コースに進んでいた彼らの純粋な行動。しかし、ハンガリーの民衆蜂起はソ連軍を排除しようとする運動であり、ソ連追従の東ドイツとしては、ハンガリーの蜂起を支持することは反革命・反逆罪にあたるとするものだった。
クラスから一人一人校長室に呼ばれていく様子はちょっと恐怖。首謀者の名前を密告したらそれで終わりなのだ。そーいや、高校のときも喫煙問題でひとりひとり呼び出された経験があったっけ・・・思い出しましたよ。あのいやーな雰囲気。結局五分刈り命令が下されましたが。
まぁ、政治的にはハンガリーも東ドイツも社会主義国だったわけで、同志の死を悼むというのは悪いことじゃなさそうな気もするんですけどね。結局は聞いちゃいけない西ドイツのラジオ番組から情報を得たことが問題視された。ラウルのおじさんもいい迷惑を被ってしまったのだ。で、サッカー選手は西のデマだったのか。両方でデマ合戦やってるみたい・・・
ただ、民主蜂起のニュースがそもそもファシスト残党によるものだったという東ドイツの新聞記事や、思想統制の発展段階だったことからも、取り締まりの甘さも散見。結局は学校側からの密告でしか黙祷問題を報告するしかない・・・。サッカー選手もそうだったけど、とにかく余計な情報を与えないようにする政府の施策。って、なんだか今の日本もそう変わりないけどな。粛清がないだけマシだけど。
人差し指を立てて挙手するシーンもあったし、反ナチという共通項があるだけにドイツの両極思想は難しい。しかも、多数決というものを否定していないし、扇動する者だけが罰せられる。クラスではエリックだけが禁固刑を食らいそうだったが、一人の罪にせず、みなで協力し合ったところが青春を感じた。みんな頭いいから、結構考えてたんですね。ただ、西に親せきがいない子が可哀そう。どうなったんだろ?