「“寄せる”」37セカンズ いぱねまさんの映画レビュー(感想・評価)
“寄せる”
障碍者がテーマの作品は、古今東西積極的に作られている。勿論、そのどれもが社会の生きづらさを抱えたままスポイルされてしまう現実を突きつけられる骨太の内容が描かれている。そして鑑了感の何とも言えない後味の悪さや、社会に対する批判を覚える気持が心を支配してしまうのである。では、本作ではどうだろうか?
まずは、本作の最大の成功点は、主演の女性の抜擢であることは誰もが疑う余地がない。なにせ、主演に併せてストーリーも修正された程だから、それ程監督も彼女に対するインスピレーションが捗ったのではないだろうか。ストーリー展開も、2部構成のような建付けであり、彼女を取り巻く様々な問題や悩みが巧みに描かれ、そのスマートで解説を必要としない演出が端的に形成されている。冒頭からの入浴シーンの件は、何より今作品の覚悟を観客に試すかのような、一種の挑戦状であることは疑いようがない。通常ならばそのシーンを撮る事の必要性に疑問を抱くかも知れない。センシティヴであり、居たたまれない恥部の場面なのだから。
しかし、監督は逃げない。それは観る人に拠っては抵抗感を抱く画作りであっても、作品中の世界を自己解釈の差し挟む余地をさせないよう強烈なメッセージ性が存在しているからである。自分の世界には障碍者がいないモノだという生温い近視眼的見え方に陥ってる眼球を「外して煮沸して磨いて再度取り付けろ」と言わんばかりの強引なパワーを突きつけているのだ。主演の女性、その母親の生活に疲労困憊しているその裸体には、目を背けるなという強さが存在している。その後の学生時代からの健常者の友人による搾取は、100%の悪意だけではない微妙さも感じ取れるがこれも又社会の縮図であろう。そんな世知辛さ故の過保護を通り越しての共依存を表現する母によるハンバーグ切り分けの演出も又、さりげないが丁寧な意味のあるカットである。そんな環境のブレイクスルーを目論む展開の流れは、映画ならではの外連味を感じ取れる大胆なベクトルである。彼女自身が男性的な性欲を意図している訳では無い事は当然描かれている。しかし周りは彼女を単なる欲求不満として片付けてしまう裁量の狭さを的確に映し出す。愛情と性欲は決して切り離せない。ましてや彼女にとってそれは、人間として又は女性として見紛う事無い自然の摂理なのだ。それを否定したりましてや色眼鏡でみる事は人間性の欠如を宣言したい。主役に対する感情移入も甚だしい自分が席に座っている。また、彼女のアニメ声のようなか細い、しかしチャーミングなトーンも今作では重要なファクターであろう。風俗に初体験を求め、そして図らずも粗相をしてしまう件も大変心が痛いシーンだ。そしてこのどん底の居たたまれなさからの話は場面転換してゆく。リアルからファンタジーへの昇華だ。
偶然出会ったセックスワーカーの女性や介護士の男との交遊の中で、彼女の化学反応は急速に加速し、周りの戸惑いとの軋轢の中で遂に“冒険”を決意する。他のレビューではこの件はリアリティに欠ける、鼻白む展開だと言う人もいるが、今作に於ける展開の白眉はここである。彼女にとっての長年の“宿題”である父親との邂逅を描く事に躊躇いなど無意味だ。そこに話の穴や辻褄の合わなさを指摘しても野暮なだけである。パスポートはセンターに行って自ら取得したと想像すればよい。父親が亡くなってからの悄然
からの、存在さえ知らされていなかった双子の姉の出現は、絶望の中での一筋の光を綺麗に組み立てているので違和感なく高揚感を与えてくれる。勿論、父からの手紙にあったイラストのアニメ映像が伏線であることがここできっちり回収されるニクい演出だ。
クライマックスでの、冒険から戻った彼女が描いたイラストを観た母親の大粒の涙は、背景のガラスから差込む太陽の効果が抜群に利いていて、これ以上ないカタルシスを観客にもたらすのである。タイで姉と会い、そして自分を呪った37秒の無酸素状態を、そして、姉から実は逢うのが恐かったという告白も、この冒険によって「私で良かった」と言わしめた自己肯定の取得によって転換できた歓びを、観客である自分も共感以外に思い浮かばないのである。ラストでのこの冒険の先導役であったエロ漫画編集長の粋なご褒美も又、心擽られる展開である。
絶賛の作品だが、唯一、自分が残念だと思ったのはエンドロール中の挿入歌。これだけの冒険譚なのだから、もっと余韻を感じさせる情緒的な、『めでたしめでたし』感を付与してくれる曲が用意されていれば百点満点だったのにと思ってしまったのは、些細な事かも知れないのだろうか・・・。
この映画の骨は彼女の裸と最後の『私で良かった』にありますね。二通りのとらえ方があると思いますが、ほとんどの鑑賞者が裸を裸としか捉えていないし、最後の言葉も姉妹を思いやる言葉と捉えていますね。
貴殿のレビューに共感いたします。合わせて、フォローさせていただきます。PLAN75のレビューをお願いいたします。
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