「心の師匠に最大の賛辞を」ROMA ローマ つとみさんの映画レビュー(感想・評価)
心の師匠に最大の賛辞を
アルフォンソ・キュアロンは私にとって「映画とは、演出とは何か」を教えてくれた師匠のような存在である。
思えば彼の映画に出会う前、演出の意図するところなど全く意に介さず、気にもとめず、ただ漠然と出来事を追うだけで「面白い」だの「つまらない」だの、挙句の果てには「よくわからない」だのと宣っていたことは大いに反省すべき点だ。
ついでに数多の監督たちにもこの場を借りて懺悔したい。本当にスンマセンした。
全編モノトーンの本作は、キュアロンのアルバムをめくるようでもあり、その何気ない日常が彼に与えた影響を思う。
キュアロンの映画は表面上のストーリーよりも、映像こそが雄弁に伝えたいことを物語る。私が初めて彼の演出に衝撃を受けたのは色彩による意味付けだったのだが、モノクロになってもその演出は健在であることが充分伝わってきた。
幼い子どもであったキュアロンが見た光景そのままに、低いアングルの映像がローマ地区の、ある家族の日常を映し出す。キュアロン不在のシーンはその限りでない。
日々の営みの中で、クレオの甲斐甲斐しい働きぶりや、彼女のプライベートが次第にフォーカスされていく。
生きていくために地道に働いて、妊娠が分かったときも何よりも仕事を続けられるかが心配の種。常に日々懸命に生きているクレオの、弱々しいながらも逞しい人間性は幼いキュアロンに「当たり前の事を当たり前に行う」凄さ、を教えたのではないだろうか。
その一方でクレオのボーイフレンドであるフェルミンは、社会運動に参加し、武術の稽古に邁進し、なんだか地に足のつかない男である。
クレオが妊娠の可能性を告げた時も、クレオから逃げた。いや、フェルミンが本当に逃げ出したかったのは「現実」そのものなのかもしれない。
男らしさ、強さを誇示しながらも、結局不安や不満と向き合わずにいるフェルミンを、キュアロンはかなり辛辣に描いているように思う。
幼いキュアロンの目には、社会や体制よりクレオから注がれる労働以上の愛情と、地味な生活の些細な困りごとの方がよっぽど考えるに値することなのだ。
そして大人になって振り返った時に、やはり今の自分に大きな影響を与えたのは社会的な大事件ではなく、大事件に巻き込まれながらも、「やれることを一生懸命やる」を貫いたクレオその人だったに違いない。
オープニング、クレオが磨く床に撒かれた水が空を反射して一機の飛行機が映る。
飛行機が「前進」や「未来」や「成長」のメタファーだったとして、目の前の掃除に追われていても、水面の飛行機に気づくことは出来る。
そしてエンディング、色々な出来事が過ぎ去った後、日和の良い午後に階段を登りながら見上げる空の飛行機は、クレオが晴れ晴れと顔を上げるシーンでもある。
愛する人への最大の賛辞。それが「ROMA/ローマ」であり、我が心の師匠らしさにあふれた美しい映画だ。
師匠、映画の楽しさを教えてくれてありがとう。これからも素晴らしい映画をたくさん撮ってくれることを願っています。
