劇場公開日 2020年6月5日

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「トラウマでありながら、ルーツでもある「銃乱射事件」に向き合うことで見えてくるものとは…」ポップスター バフィーさんの映画レビュー(感想・評価)

3.0トラウマでありながら、ルーツでもある「銃乱射事件」に向き合うことで見えてくるものとは…

2020年6月7日
PCから投稿

『ブラック・スワン』以降、精神的に追い詰められる役の多いナタリーポートマンが今作でも精神的に追い詰められる!

銃乱射事件の生存者であるセレステは、被害者への追悼ソングを披露したところ、世間から注目され、歌手デビュー。

更にジュードロウ演じるマネージャーがセレステをプロデュースし、ポップスターとなっていくが、音楽活動に忙しくしていることで、事件のことを思いださないでいられることからも、流れにまかせてポップスターの道を辿ることに。

歌声からしてエンヤやケルティック・ウーマンのような路線かと思いきや、ジェニファー・ロペスやアリアナ・グランデの様なポップ路線で売れるために、踊りも練習させられるというところからも、セレステの人間性よりも銃乱射事件の生存者という背景と抱えているトラウマ込みとして、売れる商品として扱われている様が伝わってくる。

時は流れ、31歳になったセレステを再び悪夢が襲う、それはセレステのミュージックビデオの格好をしたグループが銃乱射事件を起こしたのだ。

エレノアを襲った銃乱射事件が起きたのが1999年ということで、モデルとなっているのは、1999年の「コロンバイン高校銃乱射事件」と思われる。実際にこの事件で生存者であった、オースティン・ユーバンクスは、事件のトラウマから依存症となり、37歳の若さで死亡してしまった。

他の銃乱射事件の生存者、被害者もその後の人生において、大きな影響を受けてしまった者は多い。

セレステの場合は音楽があったことで、ある意味ではトラウマに直面しないでいられたのだが、新たに起きた銃乱射事件によって、実はすぐ隣にトラウマはあったという、見ないようにしていた部分が表面化されてしまったのだ。

世間からのバッシングを恐れて、自ら記者会見を開こうとするが、セレステに見ないようにしていたはずのトラウマが形を変えて、再び襲いかかることで過去と現在のトラウマに直面することになる。

タイミング良いのか悪いのか、空気が読めるのか、読めないのか…関係を崩していた姉と長い間離れていた娘が訪ねてくる。姉の突然の訪問によって、更に表面化されてしまったことでセレステはどんどん精神的に追い詰められていく。

節目、節目に名優ウィレム・デフォーのナレーションが入ることで、セレステの置かれている状況が説明されるのだが、このナレーションが異質すぎて映画に合っていないし、時に物語の邪魔をしてしまっている。ナレーションではなく、映像でみせてほしいものだ。

銃乱射事件はトラウマであると同時に自分のルーツでもあることで、切っても切り離せない関係と事件が事件を呼ぶという因縁が交差していく構造は、毛色は違うかもしれないが、惨殺された母親と、それがきっかけで起きた事件の連鎖によって作られた自分がいるというシドニーの境遇を描いたウェス・クレイブンの映画『スクリーム』に通じるものもある。

セレステの10代とセレステの娘の2役をラフィー・キャシディが演じていることで、ナタリーポートマンと並んだシーンを観ると過去と現在のセレステが並んでいる象徴的なシーンにも見える構造が上手い。

ただ、バッシングや炎上を恐れているわりには、マスコミや世間から目線があまり描かれておらず、主要メンバー達が現実社会から孤立してしまっているような感じがしてならないという問題点もある。
日本版の予告編の作りがよく出来ているだけに、残念でならない。

今作は、全ての曲をシーアが手掛けているため、しっとりとした音楽にも関わらず、レディガガみたいな派手な格好のパフォーマンスというのも面白い。
聴こえてくる可愛らしく優しい歌声と衣装のギャップがなんとも言えず癖になりそうだ。

今まで歌うシーンをあまり観たことがないナタリーポートマンのラスト10分のステージパフォーマンスだけでも観る価値はある作品だ。

振付を『ブラック・スワン』と同く、ナタリー・ポートマンの夫でもある、プロバレエダンサーのバンジャマン・ミルピエが担当している点にも注目してもらいたい。

バフィー吉川(Buffys Movie)