あしたはどっちだ、寺山修司のレビュー・感想・評価
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「演劇による革命」を夢見た男
90年代初めに寺山ブームがあり、大槻ケンヂや柳美里をガイドに寺山ワールドに触れたひとりとして、今でも色褪せない寺山の影響力を見る思いだ。市街劇『ノック』については、断片的には知っていた。観客に「いついつにどこそこへ行け」と怪しいメモが渡され、その場所に行くと、何やら芝居らしいものがはじまっている、とか、観客が箱に入れられ、どこかに連れて行かれる、とか、およそ演劇とは思えない内容だったが、この映画で、それを凌駕するものだったことがわかった。
寺山はブレヒト的な「異化」に憑かれたひとだった。映画『書を捨てよ、町へ出よう』では、暗闇に座りスクリーンを眺める観客に「待ってたって何も始まらないよ」と挑発し、天井桟敷の公演では、観客を劇中に引きずり込もうとした。「町は書き込まれるべき余白に満ちた、大きな書物である」。
寺山は、お行儀よく席に座り、映画や演劇を観てカタルシスを得、また元の日常に帰って行くような営みに異議を申し立て続けた。晩年、病に伏しながら、構想していた市街劇『犬』の実施を夢見た彼。それは、もはや「演劇のための革命」ではなく「革命のための演劇」と言っても過言ではないものだった。
寺山修司という稀代のアナーキストがばら撒いた作品という種子は、たとえば園子温や、劇団どくんご等に着床し、花開いている。いや、この映画『あしたは―』の出演者は、みな寺山によって大なり小なり「意識の革命」をこうむったひとたちではないのか。
「寺山修司の意志を受け継ぐというなら、昔と同じアングラテイストの芝居をするなんて醜悪だ。そうではなく、今なら寺山はきっとSNSを使って何かをやるだろう。寺山が今生きていたら何をするか、それを考えるべきだ」(宮台真司)。
寺山の遺伝子は現代を生きる私たちに託されている。
『分かり易い嘘』
1975年4月19日東京阿佐ヶ谷で繰広げられた市街劇『ノック』。アバンギャルドでアナーキーな実験野外パフォーマンスを策略した稀代のクリエイター寺山修司の伝記的ドキュメンタリーが本作品である。
勿論、天井桟敷だけに留まらず、文芸的才能やマスコミへの露出、そして有名な『のぞき魔』事件での世間への騒がし等々、この人のやることなすことにその頃の日本は常に注目をしていたようである。今現在、そんな人物は日本では存在していない。一寸前ならば、『とんねるず』みたいなものか。その破天荒さは『演劇で人を変革していく』という策略の元、影響を与え続け、その意思を継いだ芸術家、芸人等々、今現在でも一線で活躍している人も多いと聞く。そんな人物の実際の素顔や出自を赤裸々に紹介することで本作の構成は成り立っている。
ただ、ハプニングを企てる一人の男の深い闇の部分を掘り下げきれなかった感想は残ってしまう。確かにベースは大変複雑な家庭環境であり、そんな中に於いて早熟な知性は青森という地方では持て余すことであっただろう。しかし、その足跡をなぞるようには進むが、どうしても人ごとみたいな遠い存在を感じてしまい、共有するモノ、思いを汲み取れるモノが浮かんでこなかったのは残念でならない。現在日本の閉塞感のカウンターとして、今作品の意義はあるだろうが、寺山個人のどす黒い闇をもっと解き明かしてほしかったのである。身近にいた奥さんもお亡くなりになられた現状ではそれも宜なるものだが・・・もう少し、今だから寺山を思い出そうという気概を与えて欲しかったと感じてしまった。
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