劇場公開日 2018年5月12日

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「人生は失っていくもの」四月の永い夢 耶馬英彦さんの映画レビュー(感想・評価)

4.0人生は失っていくもの

2018年5月21日
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鑑賞方法:映画館

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「ローマの休日」と並んで映画ファンなら知らない者はいない名作「カサブランカ」のオマージュだろうか、映画の中の名曲「時の過ぎゆくままに」が象徴的に、効果的に使われる。念のために書くが、沢田研二の曲ではなくて「As Time Goes By」のほうである。
 主人公初海を演じた朝倉あきが素晴らしい。表情もいいし声もいい。過剰な演技をしないタイプなので派手な役は向いていないが、等身大の女性を自然に演じる、または自然に演じているように見せることのできる貴重な女優である。

 映画は説明的な部分をなるべく省略しているが、物語が進む中でいろいろなことがおのずと明らかになっていく。春に亡くなった恋人がずっと心の中に住んでいて、どの方向にも踏み出せないまま時が止まったように毎日同じことを繰り返す初海の生活に、手紙や昔の教え子や思いを寄せてくれる藤太郎や教師の友人などが登場する。そのかかわりの中で、過去を尋ね、心の中のわだかまりを少しずつ解かしていく。
 恋人の母親役の関根恵子の台詞が印象的で、溶けて流れてしまいそうだった初海の心を包み込む。冒頭のシーンで初海が喪服を着て桜の中を歩いた道は、もう夏になっている。漸く永い春が終わったのだ。

 優しい人ばかりが登場する優しい映画だが、台詞やシーンが凝縮されていて、観る者の想像力によって現実感が増していく。ストーリーが進むにつれて散らばっていたシーンがジグソーパズルのように一体化していくのだ。心憎いばかりに見事な手法である。

耶馬英彦