「映画館のシートに座って2時間のフランス旅行」ボンジュール、アン 天秤座ルネッサンスさんの映画レビュー(感想・評価)
映画館のシートに座って2時間のフランス旅行
この映画を金持ちの道楽映画だとこき下ろすことは簡単だ。お金があって時間もある、経済的にも生活的にも余裕があるごく限られた恵まれた人にだけ許された休暇の物語だからだ。と同時に、この映画の製作という行為自体が、フランシス・フォード・コッポラ夫人であるエレノア・コッポラというセレブ妻の道楽に過ぎないからだ。映画が業界でトップになってやろうとか有名になってやろうなんて野心もなく、時間とお金のある人が道楽で作った映画がこれだ。ヒロインのアンは、(ダイアン・レインほどは美しくなく、ダイアン・レインほどは若くもないが、)紛れもなくエレノア自身だ。映画は世界をエレノアの目線で見ている。きっとエレノアは、世界はこういうものだ、と本気で考えているのではないだろうか。それは悪いことではないが、日々馬車馬のよう働いている私からすると、随分とお気楽なものだとケチも付けたくなる。
しかしそれでも、この映画を切り捨てられないのは、2時間の作品を見終えた時に、本当に旅をしたような気分になってしまうからだ。映画館のシートに座って2時間。なかなか行くことの出来ないフランスの下町を巡る、さりげなくも良質な旅。贅沢でお洒落でお腹の空く旅。それをまさしく疑似体験出来てしまうのだ。たった2時間、映画のチケット1枚でフランスを旅してしまったようなもの。
この映画を観ると、お腹が空いて、いつもよりちょっとお洒落な食事をしたくなるし、いつもよりちょっとだけ高いワインを飲みたくなる。料理がしたくなる。新しいテーブルクロスを買いたくなる。チョコレートをかじりたくなる。そんな、ちょっと浮足立った気分になって、その感覚はなかなかたまらなく心地いいものだった。
映画館には、私より年齢が大分上の、シニア(の夫婦)が多かったけれど、私以上に映画を楽しんでいる様子が伝わって、各所から楽し気な笑い声が漏れて聞こえてきた。その様子から更に、見知らぬ人々の見知らぬ話し声や笑い声が聞こえて来る中、旅の列車に乗ってフランスの田舎町を走っているかのような気分にさえなった。
内容なんてほとんど無いに等しい。それこそ、金持ちが道楽の旅をする話だ。それを金持ちが道楽で映画にした作品だ。でも、結局私は映画の魔法にかかってしまって、すっかり旅を楽しんでいた。
そしてこういう作品には、ダイアン・レインのように自然体が最も美しい女優がぴったりだ。顔に刻まれたシワさえも美しいダイアン・レインに惚れ惚れしながら、映画を観ている間だけは、ダイアン・レインになったつもりで旅を疑似体験するといい。