「ヨーロッパが病んでいる」ハートストーン 曽羅密さんの映画レビュー(感想・評価)
ヨーロッパが病んでいる
暗い作品が人生の真実を表しているというのは大間違いだと思う。
あくまでも作者の個性や時代の雰囲気が反映されているだけだろう。
本作はアイスランドを舞台にしたアイスランドとデンマークの共同制作の映画になるが、そもそも両国は二次大戦前まではともにデンマーク王室を戴く外交を共通にした連合国であった。
早い話が1つの国と同じである。
それが戦時中ナチス・ドイツにデンマークが占領された際、アイスランドまでドイツ領になってしまうと戦略的に不利になると思ったイギリスが勝手に占領してしまった。
その後イギリスとドイツの戦いが激化したのでアメリカに占領の交代を願い出てアメリカ軍が占領していたのだが、そのアメリカによって大戦のさ中アイスランドが分離・独立させられた経緯を持つ。
現在でも人口がたった33万人しかいない。埼玉の所沢市より人口が少ない。
それだけ少ない人口だからこそグローバル経済の成長を信じて金融業に力を入れていたのだが、リーマンショックを受けて一夜にして国家破産寸前まで追いつめられた。
現在は通貨安がかえって幸いして漁業とアルミニウムなどの輸出の成長、それに年間国民の6倍訪れる観光客が落としていくお金で、経済成長率はEUの平均を上回っている。
かつてはEUに加盟する意志もあったが、2006年に再開した商業捕鯨や漁獲量全体が制限される懸念がありEUに加盟していない。
脆弱な経済基盤を多様化させるため製造業の充実など様々な試みをしているらしいが、あまりにも人口が少ないので内需の拡大は難しく世界的な経済危機の影響を大きく受けてしまう国に思える。
アイスランドもまた、勝手にデンマークから切り離されてしまったりと大国の思惑に振り回されている小国といえるし、これからもそれは変わらないのではないだろうか。
本作は監督のグズムンドゥル・アルナル・グズムンドソンの少年期の経験が元になっているのだという。
ただLGBTを扱っている以前にとにかく全体的に暗い映画であり、登場する大人は人格破綻者しかいない。
映画の舞台は首都レイキャビクのような都会ではなく何もない田舎である。
本作を観る限り地元の産業も漁業や牧畜業しかなさそうだし、それも活気に満ちている状態からはほど遠い。
冒頭の魚を踏みつぶすシーンもそうだが、子どもたちもどこか鬱屈している。
何もない場所にありがちな子どもたちが興味を持つのは他人の噂話と喧嘩とセックスだけ、むしろ筆者にはLGBTネタはおまけみたいなものに思えた。
こういう少年期を送った監督のグズムンドソンに同情すら覚えるほど救いのない映画である。
最後にゲイがばれて自殺を図り、結局は首都レイキャビクへ引っ越す少年も救われないかもしれないが、残された主人公の少年はもっと救われないだろう。
本作ではそれ以前も何か問題が起きてレイキャビクへ引っ越す人間がいる。そちらの方がかえって救われる印象を持った。
結局この地元を離れることでしか悪い縁は断ち切れないとでもいうように。
主人公の少年も彼の姉妹も、その他の少年たちも自分たちの地元を呪っているので、成長して都会へ出て行くのが幸せにしか思えないし、その未来しか見えない。
同じ厳しい自然と漁村の貧しさを描いた映画でも、デンマーク映画の『バベットの晩餐会』では貧しい中にも人々の協調する姿が描かれていた。
アイスランド経済は好調とはいうけれどそれは一部の人だけで、貧富の格差も地方格差も大きくなって国民は全体的に不満を抱いているのか?と疑いたくたくなる映画であった。
また映画の評価以前にこれほど救いのない映画を創る監督のある種の病的な暗さが気になってしまった。
近年、本作にも子どもたちの溜まり場になっている店の主役を演じたグンナル・ヨンソンが出演している『ひつじ村の兄弟』『好きにならずにいられない』などアイスランド映画を観る機会が増えているが、本作よりは多少マシではあってもどれも恐ろしく暗い。
また本作も含めてそれらの映画がヨーロッパの映画祭で評価が高い。
本作もやたらいろいろ受賞している。第73回ヴェネチア映画祭では2007年に設けられたクィア獅子賞というLGBT最優秀賞まで受賞している。
わざわざLGBTで賞を設けていること自体が逆に差別しているようにも思える。
LGBT作品だろうがなんだろうが、あくまでも内容の善し悪しで他の作品と競って賞を取るのが真っ当だと筆者は考える。
ヨーロッパが病んでいるとしか思えない。
移民問題、経済破綻の恐怖、政治不安、その他様々な危機が影響しているのだろうか?
それともただ国際映画際の運営側が病んでいるだけなのだろうか?
外見だけの下手な役者やアイドルを起用したバカ明るい映画の多い日本がなんだかまともに見えてしまうから困る。
本当は日本も同じような問題を抱えているはずなのだが、ヨーロッパほど行き詰まっていないということなのかもしれない。