ぼくの名前はズッキーニのレビュー・感想・評価
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流石♥フランス人 車の中から凧揚げ。『電信柱』無くて良いね。
今日(8月1日)旧国営放送で友情の話をしていた。(勤務先のテレビで見た)
その中で。
『日本人は世界一孤独を感じている国民性』との事。
本当なのか?
また、
『孤独は痛み見たいなものだ』とまで決めつけていた。
本当なのか?
疑心暗鬼。
ネズミだって孤独を忘れるのだから、人間なら、孤独を忘れた後に、人間しか無い能力で、孤独に打ち勝つ能力を持っていると感じるし、そうあってもらいたい。勿論、そうじゃない多様性は客観的に必要だが。『孤独を痛みと定義する』事には疑問を感じる。
カーミユの読んていた本はカフカの『変身』だ。
しかし、何故?二人を養子にするのかそれが理解出来ない。
『今日ママンが死んだ』マザコンの権化なのだろうか?現実がもっと厳しい事は日本人なら理解できる。いやいや、読んでいる本が『変身』なのに、実存主義を否定する内容であってはならない、と感じたが。フランス人の『ないものねだり』かなぁ?若しくは、フランス人が『そんな!そんな事あるわけ無い!』なのだろか?
無理に大団円にする事は、ないのにって感じた。だって、長い人生考えたら、カミーユと姉弟になって良いのだろうか?
おしゃれクレイアニメ
おしゃれなフランスらしい作品。
内容は現実にもありそうな、結構シビアな内容。
大人の事情、性への興味など、クレイアニメだから生々しさはないけど、リアルに感じられるというのも不思議だったし、作品の素晴らしさなのかも。
良い人に引き取られて良かったけど、里親?になるのも大変なことだと思う。しかも2人いっぺんに。しかもしかも男女だし。ま、そこは現実的な話としてはどうなんだろうか。
親の居ない子供たちに不幸を覆い被せるな!
たかだか70分にも満たない尺ながら、不思議な魅力に溢れたスイス製ストップモーション・アニメ。
自分はどうしてもストップモーション・アニメのカクカクした動きや、アナログと手作りの温もりが好きだが、内容の方はなかなかにシビア。
父親は蒸発、酒浸りの母親と暮らしている9歳の少年。
本名はイカールだが、ズッキーニと呼ばれている。
ある日、母親が不慮の事故で死去…と言うか、ズッキーニの過失で母親を死なせてしまう。
子供が主人公のアニメーションなのに、何ともショッキングな幕開け。
親切な警察官の助けによって、同年代の子供たちが暮らす孤児院に預けられる事に。
心を閉ざした孤独な性格故、馴染めない。
周りの子供たちも変わった面々ばかり。
リーダー格のシモンからイジメの洗礼…。
ここは孤児院ではなく、少年院か何か…?
帰りたい…。ママに会いたい…。
ある日、ズッキーニとシモンが喧嘩。
しかしこれによって、2人の距離が縮まる。
シモンがしつこく突っ掛かって来たのは、ズッキーニがここにやって来た理由を聞き出そうとしていたから。
ズッキーニの経緯を知り、シモンは同情する。
ズッキーニもまた、シモンや他の子供たちの経緯を聞く。
皆それぞれ、悲しい過去があって、ここに居る。中には、親が犯罪者の子も…。
ズッキーニは母親を亡くしたが、ここに居る子供たちのほとんどは、親に棄てられた。
自分ばかり不幸と思っていたが、自分も彼らと同じ…いや、もっと不幸な子も居た。
抱えているものを打ち明けてしまえば、後は自然に。
最初はイヤな奴と思ったシモンや変わった奴らと思った他の子供たちと仲良くなっていく。
心を閉ざしていたズッキーニも、心を開いていく。
ここが、子供の不思議。
子供の順応力は高い。
子供たちはあっという間に仲良くなる。
院にもう一人、仲間が増える。
その女の子カミーユにズッキーニは恋をする。
カミーユは魔女みたいな叔母に引き取られようとしていたが、ズッキーニは仲間と共にそれを阻止する。
皆で遊ぶ。皆で出掛ける。
皆いつも一緒。
本当に不思議なものだ。
来た時はあんなにイヤだったのに、
こんなにもここでの生活が明るく、楽しく、好きになるなんて。
欠けがえのない友。
欠けがえのない場所。
欠けがえのない日々。
…が、それは長くは続かない世の不条理。
ズッキーニとカミーユは引き取られる事に。
2人を一緒に引き取ってくれるのは、いつもズッキーニを気に掛けてくれる親切な警察官。
だからこれは、願ってもない夢みたいな幸運。
でもそれはつまり、皆と別れ、ここを出るという事。
本音が漏れる。皆と離れたくない。皆とずっと一緒にここで暮らしたい。
そんな時、シモンが背中を押す…。
強がってる子も居るが、本当は皆、親に会いたい。親と一緒に暮らしたい。
優しい里親に引き取られ、温かい“家族”で暮らしたい。
それが叶う子も居れば、叶わぬ子も…。
親を亡くした子供たち。
親に棄てられた子供たち。
どうしても不幸が覆い被さる。
が、子供たちは大人以上に逞しい。
希望や明るさ、楽しさ、幸せを見出だす。
どんな場所であっても。どんな時でも。
ティム・バートン作品のようなキモカワいいキャラ、奇妙な世界観。
見始めた時の暗い印象から、まさかこんなにも温かさと感動を感じるとは…!
愛すべき良作。
苦言が一つ。
峯田和伸の吹替は完全にキャスティングミス。9歳の子供なのに、おっさん声。
なのに、否定的な意見があまり見当たらない。
『未来のミライ』の上白石萌歌はあんなに叩かれたというのに…。
悲しい
気の毒な子供ばかりで見ていてつらい。ズッキーニは人生がつらすぎるので仕方がないかもしれないが顔が暗すぎる。おまわりさんがいい人で、女の子と一緒に引き取ってもらえてよかったのだが、残された子供が気になって仕方がない。施設が暖かい場所でよかった。みんながみんな幸せであることなど無理なのだろうか、という悲しい気分になる。
そんな世界があったらいいな
こんな養護施設があればよいなあ、
こんな里親や施設の職員のように生きてみたいなあと思える
理想を描いた映画でした。
でも、実際の養護施設で
こんなにもゆとりのある人員配置はあるんだろうか、
愛されずに育ったり、深く傷ついたりした子どもたちが
とても素直で、
それほど手間のかからない子ばかりなんてあるんだろうか
と、疑問に感じるところもありました。
初めの場面で、凧がありえない上がり方をするのが
印象的でしたが、
やはり、この話は現実とはやや違う、
そうあってほしいという理想の世界を描いているということを
表しているのではないかと思います。
字幕だったので、フランス語の音の心地よさを感じながら
観られました。(意味は分かりませんでしたが)
背景も綺麗でした。
非の打ち所がないアニメ
短い時間の中に濃い内容をギュッと凝縮し、無駄なく丁寧に作られた映画でした。ダラダラと冗長な映画よりもずっといいです。
子どもたちの心情描写もさることながら、とても印象に残っているのは、養護施設のスタッフ、レイモンといった、彼らに関わる大人たちの態度でした。価値観を押し付けず、ふわっと包み込むように子どもたちに接しているように感じました。
ズッキーニやシモンといった施設の子どもたちはひどい傷つきを体験してきているため、人をなかなか信用できないのではと想像します。しかし、彼らを囲む大人たちの態度が作り出す雰囲気が、子どもたちが本来持っている自己治癒力を引き出し、自然と友情を深められたのでは、と思いました。
雪山に行った夜に、コテージをクラブにしてみんなで踊ったシーンが特に印象に残っています。一緒に楽しむムードが素晴らしいです。夜の遊びを自然と取り入れることができるのはやはりお国柄だろうか。日本でもあんな風に遊べたらいいのにね。
このような大人の守りの中で、孤独な少年ズッキーニは同じく傷を負った孤独な子どもたちと友情や恋を経験していきます。そのプロセスが実に丁寧かつ誠実に描かれておりました。
お互いの傷を知っていく。それが軸となって自然と連帯し、孤立して生きていた子どもたちが、ひとりではないと実感していく。その姿に感動しました。
特にシモンとズッキーニの友情はグッときました。あのくらいの歳で友情を育めたのは宝です。特に愛情に裏切られた子どもたちだからこそ、かけがえのない出会いだったと思います。
シモンは侠気があって良いキャラですね。カッコいいし。彼は終幕近くでズッキーニの養子縁組による別れという痛みを抱えますが、苦しさを吐き出しつつ、ズッキーニの旅立ちを祝福します。これは大人でもなかなかできないと思います。このラストは不平等であり、すなわちとてもリアリティがあると思います。ここでズッキーニを思いやれるシモンの態度が、物語をさらなる高みに上げていると感じました。彼の態度は彼自身をグッと成長させたと思います。
ストップモーションアニメはとても繊細で、キャラクターはおしなべてキュートでした。音楽も素敵。居場所を作っていくメタファーとしてたびたび挿入される鳥の巣作りも上品です。カミーユがカフカを読んでいたり、金髪のコがカミーユとの出会いで前髪が払われたりと、ディテールも丁寧で意味があると思います。
なので、本作はかなり非の打ち所がない、完成度の高い作品ではないでしょうか。もう少し話題になってもいいのでは、なんて感じています。
よく動くクレイアニメは見てて楽しい。
過失によって母親を殺してしまい孤児院で生活することになったズッキーニ少年の物語
孤児院のメンバーはいかにも曲者で、馴染むのどれだけ苦労するのだろう……と思いきやすぐに馴染む。基本的に悪い人がいない。
孤児院の生活は楽しそうに映るくらい。
制度への批判とかでもなく、元から悪い人間になったらアカン的な子供にもわかるストーリー。意外。
と予想とはちょい違う内容だったけどなかなか楽しめました。よく動くクレイアニメは見てて楽しい。
最後は◯◯◯…お前ええやつじゃないか!
孤児院の子どもたちが雪山のコテージでダンスパーティーをするシーンがあるんだけども、DJ(先生)の選曲がEBM。EDMじゃなくてEBM。ハンマービートに合わせてガチ踊りする10歳前後の子どもたち。アレはなかなかカオスなシーンだったなぁ;
クレイ(粘土)を使わない新世代クレイアニメの繊細な感情表現にため息
かつて、こんな切ない表現をした"ストップモーションアニメ"があっただろうか?
本作は、世界最大の"アヌシー国際アニメーション映画祭"で、2016年度の最優秀作品賞と観客賞の2冠を受賞し、昨年の第89回アカデミー賞長編アニメーション賞にもノミネートされた注目作である。
アルコール依存症の母親に育児放棄されていた9歳の少年ズッキーニは、彼の過失から母を亡くしてしまう。親身になってくれる警察官に保護され、孤児院での生活が始まったズッキーニは、新しい生活の中で、同じく様々な家庭問題を抱えた子供たちと出会い、仲間や彼女を作っていく。
セリフで状況を説明するのではなく、子供たちの行動、背景、繊細な表情の作り方、絶妙なセリフの間(ま)。そしてコマ送りで紡がれるストップモーションでしか得られないアナログな味わい。
"育児放棄"、"小児虐待"、"親権争い"など、暗く重い社会メッセージがありながら、子供たちにとって孤児院は心のシェルターであり、"友情"や"思いやり"が横たわっている。こんな優しいアニメは初めてである。
近年、"ストップモーション作品"は増えている。粘土(クレイ)を使う"クレイアニメ"はその代表格で、第89回アカデミー賞には、日本でも公開された「KUBO/クボ 二本弦の秘密」(2017)もノミネートしていたり、今年の短編アニメ賞には「ネガティブ・スペース(原題) / Negative Space」がある。
また、「グランド・ブダペスト・ホテル」のウェス・アンダーソン監督のクレイアニメ「犬ヶ島」もすでに話題沸騰で、5月に日本公開される。国内でも、斎藤工プロデュースのクレイアニメ「映画の妖精 フィルとムー」が、昨年10月の東京国際映画祭で世界初上映されたばかり。
これらストップモーションが量産される理由には背景がある。それは技術的革新だ。
ひとつは粘土(クレイ)を使わない"クレイアニメ"の登場である。本作もそうだが3Dプリンターのおかげで、フォームラテックスによる自在な人形を作ることができるようになった。コマ撮りの、気の遠くなるような作業が短縮されるとともに、人形の視線や表情、より繊細な動きなどに演出の配慮が可能となる。
一方で、オーソドックスなアニメは、CG作画により実写と見紛うくらい究極の画を手に入れた。しかしその代償として、セル画的な手作りの魅力を失ってしまった。アニメのアニメらしさは、"パラパラまんが"感にあることが見直され始めている。
本作を観れば、新世代クレイアニメの誕生と可能性を目の当たりにできる。
(2018/2/11 /YEBISU GARDEN CINEMA/ビスタ/字幕:寺尾次郎)
子供たちの心の影と光を繊細に掬い取った佳作
「ゴッホ 最期の手紙」を観た時も思ったことだけれど、最早アニメーション作品は本当に子供向けやファミリー向けという概念ではなくなったのだなと「ぼくの名前はズッキーニ」を観ながら感じた。
母親を亡くし(父親は不在)、身寄りのなくなった少年ズッキーニが児童養護施設と思しき施設へ預けられるようになり、そこで出会う友人や、初恋、そして自分の居場所を見つけるまでの物語が、ストップモーションアニメで描かれるのだが、なんだかアニメーションという枠を超えて、子供たちがそれぞれに抱えている悲しみや虚無感が映像として伝わってくる説得力がとても素晴らしかった。内容だけを考えればわざわざアニメーションじゃなくても?と思いそうなところだけれど、作品を実際に見ると、いやこのストップモーションアニメだからこそ、この少年たちの孤独感や、それぞれに複雑な心情を抱えて築かれていく友情や仲間意識のようなものがかえってありありと描かれたような気もしてくる。ところどころグサッとくるようなセリフ、施設の壁に貼られた子供たちのその日の気分を示すメーター、車の音がするたびに母だと思って玄関を飛び出していた子が、実際に母と対面した時に思ったこと・・・。一つ一つのシーンと演出がとても繊細で奥深くて、「子供が見てわかりやすいように」という価値観で作るアニメーションではまったくないなとつくづく思った。そしてそこが非常に気に入った部分だった。
70分足らずの短い作品だけれど、そこで語られる内容の濃さと深さはそれ以上のものだった。
う〜〜ん…
口コミ評価高かったし(件数は少なかったけど)、面白そうだったのでわざわざ観に行ったんだけど、何〜???
なんか淡々とした表現で全然感情移入出来なかった。
大袈裟なのも困りものだけど、ここまでアッサリもいかがかしら?
ガッカリ。
現実は残酷
この年齢で養子を珍しいんだぞ、という台詞がつらすぎた。血が繋がってなくても、愛してくれる親代わりの大人に出会える子どももいる。でも出会えない子もいる、出会えない子の方が多いんだろう。最後に赤ちゃんを見ながら子どもたちが次々と繰り出す言葉だって、無邪気にきこえるけれど、無条件の愛情をふんだんにもらったことのない子たちの言葉たちだとおもうと聴いていてつらくなる。耐え難い事情を持つ子どもたちが、こうして存在している事実。現実離れした容姿のキャラクターのストップモーションによってその現実を描くことで生々しさを減らして、人々が目をそらしていることを効果的に見せるという意図があるのかな。ほっこりなんかしない、切ない切ない作品。子どもたちに幸あれとおもう。
丁寧な作りでした
かなり期待して行きましたが
余裕で それ以外でした
ストーリー自体は 予告で流れが分かっていましたが
優しさが溢れてて終盤は ずっと泣いていました
家族になってしまうとーーーーーーと叫びたくなりましたw
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