劇場公開日 2018年2月10日

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「クリエイターの方々に感謝」ぼくの名前はズッキーニ なかじwithみゆさんの映画レビュー(感想・評価)

5.0 クリエイターの方々に感謝

2025年11月11日
Androidアプリから投稿
鑑賞方法:DVD/BD

泣ける

笑える

悲しい

大切な、
誰にも壊されたくない、宝のような映画がある。
本作もそう。
宝です。
まず日本ではこうは創られない、作家の方々に感謝です。
(是枝さんとかが好奇心いっぱいに作りそう、だけど。
そうじゃない!
コレなんですよ。)

色彩、アートワーク。子供達の感情の機微のような
ストップモーション。
この希望あるハッビーエンドに、それでも明るい歌のエンドロールにしなかった意味を考える。

僕は判り易い子供だった。感情が判り易いと学校でも家でも言われていた。
よく泣いた。
声を上げて泣いた。
でも憶えているのは、
もう泣かなくなった中学2年の時、
飼っていたボクサー犬が亡くなり、抑えられなくて気がつけば大声が止まらなかった。
あの時の記憶は鮮明に今でも覚えている。
この映画で描かれる子供達は、大声で叫ぶこともせず、静かに悲しむ。
オネショしたり前髪で顔を隠したりみんなのボスを気取ったり。
叫ぶこともせず、静かに悲しむ。

僕は昼間働き、夜学に通った。
大学進学は親の離婚騒動で学費払えず断念。
東京都運営の福祉系の専門学校に進学した。
必修課程に施設実習があり、児童相談所一時保護所を
選んだ。
(オウムのサリン事件で報道され有名になった施設。)
大人達の犠牲のような子供達。
親に恵まれなかった子供達。
犯罪に巻き込まされて、訳も分からず罪を問われる子供。
(本作のように、
両親が覚醒剤をしている、その隣に居た子供も保護されていた。)
僕は、その現実に、
でも腫れ物に触るように接することもせず、
働けるようになったらお金を得られる、自由も自分次第、
自分の行いの責任は自分、
自分の気持ちをしっかり、
と生意気を説いた。
そう、今でも変わらない。
この映画を観て、叫んで泣きたくなったが、還暦なのでそんなこともできず、
(普段は我慢している高価な)寿司を食べて、
ごまかした。

なかじwithみゆ