劇場公開日 2018年6月23日

「それでも、人生は続く。 ガザの美容室。そこは、女たちの“心の解放区”。」ガザの美容室 高橋直樹さんの映画レビュー(感想・評価)

3.5それでも、人生は続く。 ガザの美容室。そこは、女たちの“心の解放区”。

2023年10月9日
PCから投稿
鑑賞方法:試写会

美しくありたいと願うのは、すべての女性に共通したテーマだ。
長く伸びた髪を整え、髪型を変えて気分転換し、ムダ毛の処理も済ませたい。自分では手の届かない髪や肌のムダ毛を整えてもらえる美容室には今日も女たちが集う。
つかの間の憩いのサロンには、結婚式を控えて母に伴われて来た娘や、愛人と合う前の準備に余念がないマダム、薬物中毒の饒舌女など、それぞれの今を抱える13人の女性が居合わせている。店を切り盛りするのは、中学生の娘を持つロシアからの移民で、アシスタントはマフィアの恋人との別れ話に一喜一憂し仕事が手に着かない有様だ。

男たちがいないその場所では、女たちの飾らない言葉が飛び交う。間近に迫った結婚式、クスリの問題、旦那の愚痴、ご近所界隈の噂話、いつしか周辺のイスラム社会の動向まで、会話はつきることがない。自分たちは客であるという暗黙の優越感意識も手伝って言いたい放題なのも小気味よい。美容室は女たちの“心の解放区”として機能しているのだ。
やがて会話は加速し、遂にはイスラエル封鎖をめぐるハマスやファタハを撃ち破るために、居合わせた女性たちによる新政府の組閣会議にまで行きつく。それもそのはず、美容室はパレスチナ自治区ガザにあるのだから。ガラス戸1枚で隔てられたその先には、銃声と罵声が飛び交い、爆音が鳴り響くもうひとつの日常がある。突然の停電も茶飯事、店の前には動物園から盗まれたライオンまで現れる。

『ガザの美容室』は、“心の解放区”に居合わせた女性たちのとある1日を描く。鏡を巧みに活かして、ワンシチュエーションの中で変容する様々な表情を掬い取っていく。兄弟監督は、街路に襲いかかる猛烈な爆発をダイナミックに録音することにこだわり、異常事態に包囲された“ガザの美容室”の日常を現出させる。
非日常が恒常化し、いつしか日常となってしまったガザで、それでも生きていく。心の解放区には、明日を信じる女性たちが今日も集う。すべてが解放される“その日”を待ちながら…。

高橋直樹