フェンスのレビュー・感想・評価
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フェンスの中の家族の愛憎
デンゼル・ワシントン監督・主演で、自身が主演した舞台劇を映画化。
今年のアカデミー賞で作品賞・主演男優賞など4部門にノミネートされ、ヴィオラ・デイヴィスが助演女優賞を受賞した話題作。
…にも関わらず、日本劇場未公開とはどういうこったい!?
まあ、それも分からんでもない。
1950年代の米田舎町の黒人家族の話で、地味っちゃあ地味。そこに人種問題も絡み、果たしてこれを日本で劇場公開してヒットしたかと問われたら返答に困る。
でもやっぱり、未公開が惜しい人間ドラマの佳作であった。
本作、ハートフルとか感動とか、そういう代物じゃない。
なかなかにヘビーでシビア。
と言うのも、父親が“悪魔”。
一家の大黒柱のトロイ。
幼少時や若い頃は相当苦労してきたが、今は町の清掃人として働く真面目な男。妻の頼みで家の周りにフェンスを作っている。
かつてメジャーリーグへの道も開けたほどで、その才能は次男に受け継がれている。
妻を深く愛し、家族を大事にしている。
…と、聞くと、善き父親のようでもあるのだが…、とにかくこの親父、
俺の家、俺の金、俺の家族。
厳格で、威圧的で、支配欲が強く、絶対服従。
お喋り好きでよく笑わすが、よくよく聞くと毒を吐きまくり。
酒場のバンドマンをしている長男ライオンズを嫌悪、金を借りに来ても冷たくあしらう。
それは父親としての厳しさでもあるのだが、ドイヒーのは次男コーリー。
先にも述べた通りコーリーには野球の才能が受け継がれ、スカウトもされていたが、それを勝手に断り息子の夢を握り潰す。
かつて自分がプロになれなかったのは、自分が黒人であるが故の差別からで、そんな辛い経験を息子にもさせたくないという思いもあるのだが、野球を辞めて手に職を持て、と上から抑え付けるような物言い。
コーリーが「僕の事、好きじゃないの?」と問われても、「好きにならなきゃいけないのか、父親として家族を養う責任を果たしているだけだ」とまで言い放つ。
当然息子との関係は悪化。特にコーリーは父親に失望と言うより、憎しみさえ抱く。
そんな父子関係を取り保とうとする妻ローズ。
息子たちを支え、夫のどんな横暴にも耐え忍ぶ、良妻賢母。夫に頼んだフェンス作りにもある意味合いが。
が、そんな妻への定番とも言える裏切り…。
理不尽、身勝手、家族を振り回し…。
それでも自分を正当化するが、家族の崩壊は止められず…。
基が舞台劇なので、ほぼほぼ家の中か庭。冒頭からずっと喋りまくりの会話劇。
その分、演者の熱演が物を言う。本作最大の見所であり醍醐味。
全編ほぼ出ずっぱり。さながらデンゼル・ワシントンのワンマン・ショー。
存在感と貫禄ありまくりのデンゼルの熱演は圧巻。演出も手堅い。
耐え忍び耐え忍び、遂に夫への不満が爆発する。
デイヴィスのオスカー受賞は納得。
助演で獲ったが、主演でもいいくらいで、もし主演で推されてても、ホワイト・オスカーの煽りで受賞出来たかもしれないと思う。
二人は舞台から同役なので名演は当然だが、息子役の二人や、トロイの友人、トロイの障害持ちの弟も見事なスパイスとなっている。
ラストは言わば、“嵐の後”。
父親の愛憎は肌に身に染み込んでいる。ずっと。
決して綺麗事な家族愛とかじゃないけど、余韻残るラストであった。
舞台臭さは気になるが、普遍的な家族の葛藤の物語は容赦なく心を揺さぶる。
1950年代アメリカの田舎町に暮らす黒人家族。彼らを通して見る家族の絆。うっかり「絆」なんてチープな言葉を使ってしまったが、しかしこの映画は家族愛や絆の甘さではなく苦みを見つめ、綺麗事ではない物語として描かれた。黒人家族であることからくる苦難や苦労ももちろん描かれはするが、テーマは人種を超えて普遍的なものに思う。夫婦の関係、親子の関係、複雑な葛藤を抱えた家族関係、そういったものを、流れるような手解きで紡いでいく。
デンゼル・ワシントン演じる父親像が物語に展開に添って変化していく様など脚本の巧さを感じる。ワシントン自身のイメージも相まって、最初は厳格で甲斐性のある男に見える父親が、しかし物語の展開と同時にその真逆の方向へとイメージを変化させる。ただ父親の姿は何も変わっていない。ただ見え方が変わるのだ。金を無心に来た長男を撥ねつける様子は厳格な父親に見えた。しかしそれは頑固で無慈悲なだけだったかもしれない。フットボール選手を夢見る次男を説得する様子はタフで息子思いに見えた。しかしそれはただ横暴で嫉妬深かっただけかもしれない。楽し気に妻と会話をする姿は愛妻家に見えた。しかしその愛は、余所の女にも与えているものだった。そんな変化を滑らかな筆力で描き、そうすることで家族関係の複雑な歪みを浮かび上がらせる。
正直、前半部分はかなり厳しかった。というのは、あまりにも演出が舞台的過ぎたからだ。監督も務めたワシントンが、原作戯曲のオリジナルにこだわったが故に意図されたものであることだと理解は出来ても、此方の感情を動かす余地すらないほどに襲い掛かってくるセリフセリフセリフ・・・。何かを思う隙間も、何かを感じる余白もないほどセリフで埋め尽くされた画面にはかなり息苦しいものがあった。これを舞台で観る分には良いのだと思う。しかしスクリーンという枠の中ではあまりにも窮屈だ。
その息苦しさから一気に解放されたのは、父親の不貞を告白したところからだ。それ以降はヴァイオラ・デイヴィスの「そりゃオスカーも受賞するでしょうよ」というような見事な熱演もあって物語が一気に燃え上がる。そこを境に、夫と妻、父と息子、父と娘、腹違いの兄弟たちのそれぞれの葛藤が描かれ、深く心に染み入っていく。容易く家族の絆を称えるわけでは全くなく、家族だからこそ受ける傷や痛みを知った上で、人と人が触れ合うことを肯定するような、そんな温かさを残すエンディングへとつながっていく。
ぶつかり合い、傷つきながら、そして何度も何度も泣かされながら、それでも家族でい続けることの苦闘と悦びが、この映画に溢れていた。
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