「観終わってわかるのは「これは兄の物語だ」ということ」マンチェスター・バイ・ザ・シー きりんさんの映画レビュー(感想・評価)
観終わってわかるのは「これは兄の物語だ」ということ
上質のニューイングランドもの。
心が満たされた。
「変わり者で困った叔父さんと甥っ子」というテーマの映画は多い。
この映画では
・次男坊のリーと
・甥っ子のパトリックだ。
一族のヒエラルキーにおいては、年代こそ異なれど、この二者は下位対等だ。
心臓病で早世する兄ジョーは、遺していく弟と息子のために遺言書を記していく。
実に用意周到。=「リーとパトリックのふたりそれぞれが新しく生き始めるための道筋」=を設計図に夢見、
必ずいつかふたりがその孤独な道行きを接近させ、ふたつの孤児を出会わせる日を、ジョーは願っていた。
兄は助走路を遺して逝ったのだ。
長男らしい終活なんだなー、これがね。
それはただひとつのジョーの望み
「弱い弟と、まだ保護者の必要な息子の幸せのために」、なんですよ。
物語は
無理強いされた「新米後見人」のリーと、リーに懐かない甥の“二人三脚”。
自分亡きあとをプロデュースした長兄のたっての「願い」が、いつか必ず叶うとの確信通りに、兄の祈りはリーとパトリックの海辺の姿に実をむすぶわけで。
弟リーは
墓地をさまよい、仕事中にはマグロ漁船で父親を亡くした老人の独り言を聞き、火事で死んだ子らの写真と霊安室の兄を見つめる。
失火を苦しみ続けていたリー。
死者と生者がマンチェスターの街で、防波堤で、そして海で、静かに心通わせるラストは沁みる。
画面上はわりと早めに舞台の袖に引っ込む兄のジョーなのだが、
ボストンの海辺を照らす春の日差しを見れば、エンディングでその兄ちゃんの存在の大きさにいつしか圧倒されて、ふたりの釣りびとが可愛らしく小さく見えて仕方なかった。
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【ひとの人生は 伏線の種まき】
・火事のあと、半地下の、がらんとしたワンルームでふさぎ込むリーのために、無理やり「人間らしい生活を」とソファーを買い与えた兄ちゃんでした。
あのお節介が、後年、(父親も母親も失った)甥っ子のパトリックのための長椅子になって、美しく復活する。
・自らに死の刑罰を与えんとした銃器も、新しい役割を与えられて、今度はボートのエンジンとなって新生・復活をする。
「伏線」がこうしてひとつひとつ拾われていくごとに、僕たちの人生についても思いは及ぶ ―
僕らの生きている全ての一瞬一瞬、そのひとこまひとこまが、誰かの優しさの遺言・伏線の回収であったこと。そして思い出の蘇りであったことを、エンディングで鑑賞者の私たちは知ります。
そして水平線の先を眺めれば、いま生きている僕らの人生も、きっといつか誰かの幸せとして現れるためのまた伏線になっているのだと
それがはっきりと分かった。
兄ジョーによって蒔かれた愛情の種は、蒔いたひとの上にではなく、その命のめぶきを必要とする誰かの上に、時を隔てていつか緑の若葉として宿りましたね。
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付記
【制作者たちの出自と傾向について】
マット・デイモンは、
「グッドウィルハンティング」の脚本と出演を手掛けたが、本作ではプロデューサーのひとりとして制作に加わっている。マット・デイモンは去って行った者や死者を活かす映画の造作に長けている。
アフレック兄弟も、今回のプロデューサーのマット・デイモンも、米国の東部=マサチューセッツ州生まれだ。
「メッセージ・イン・ア・ボトル」のレビューでも触れたけれど、
まさにこの土地の風土と、そこに暮らす住民のアッパーソサエティ・スピリットあっての作風。
ロナーガン監督も例外ではない。東部NY の出。
“ By the sea ”と言っても、ヤンキーの住む西部ロサンゼルスの海端ではこうはいかないだろう。
理知的で精神の独立性を重んじる移民の地、ニューイングランドであればこその、ハイクラス・ムービーであることは確か。
チャントのような静謐な二重唱が流れ、クリスマスのメサイヤから数曲。
そして弟リーにエンジンがかかってボブ・ディランへとつむぐ。
回想シーンの挿入で、ここまで無理なく違和感なく編集をやってのける手腕とセンスにも、唸った。
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本作品の鑑賞者が“長男”か“次男”かで、この映画への心の琴線の触れ所は変わるのだろう。
パトリックはうちの長男坊にそっくり。
(あとベサニー医師には萌えた♡)。
「弟と甥の物語」かと思いきや、実はこれは「長男の物語」なのだと、僕は長男なので思った次第。
・
参列できなかった叔父の葬儀の日に、DVDにて鑑賞。
譲り葉の落ちて林の春日かな
心に染みる素晴らしいレビューですね。
コメントそして共感ありがとうございます。
大切な人たちが思い出されて心揺さぶられる映画でしたね。
観てから3年以上経っても心に残っている映画ですね。
「天使のはしご」
正式名称は「薄明光線」
言葉はどちらも知らなかったです。
でも見ることは何度もありますものね。
今日は昼間でも薄曇り。
でも穏やかです。
それではまた。
お礼まで。
今晩は
素晴らしきレビューを有難うございます。
この作品は、ここ5年で見た作品の中でも、個人的にはトップ10に入る傑作だと思っています。
薄暗い雪がチラつく港町で、乗り越えられない過去の自らの過ちを抱えながら、隠遁者のように暮らすリーを演じた、ケイシー・アフレックの抑制した沈痛な演技。そんな彼を優しく見守るジョーとパトリック。
寡作のケネス・ロナーガンの渾身の脚本も見事で。
今作は、当初マット・デイモンが主演する予定だったと、当時の資料にありますが、(で、彼はチャン・イーモウの娯楽大作に出演)、ケイシー・アフレックで良かったと心底思った作品でもありました。では。
今日偶然にも きりんさんの事を思い出していました。
最近そう言えば ご無沙汰してるなあと。
なのでコメント頂きうれしく思いました。
兄の物語 と言うところにグッと来ますね。私も兄弟の物語だと思ったのですがもっと絞って兄の、と言うところにきりんさんらしさを感じました。