劇場公開日 2017年5月13日

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「隠し包丁がその味を染み込ませる」マンチェスター・バイ・ザ・シー ao-kさんの映画レビュー(感想・評価)

4.5隠し包丁がその味を染み込ませる

2018年2月22日
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泣ける

知的

料理に例えるなら、薄味の精進料理か?いや、じっくり噛みしめてみると、山椒がピリリと効いていたり、隠し包丁が施されているなど細部に趣向が凝らされた手の込んだ懐石料理であることに気づかされる。

心の傷とその再生を描く映画は数あれど、この作品はその傷を抉る訳でもなければ、あからさまな慰めを与える訳でもない。私たちは日常を過ごす。消したい過去や、やるせない傷があっても、日常生活の中では平静を装い生きていくしかない。しかし、本当に深い心の傷は癒えないし、隠しきれない。だから、ほんの些細なことでそのバランスはいとも簡単に崩れてしまう。人間とは何と不器用な生き物なのかとつくづく考えさせられる。

それでも日常は平然と過ぎていく。その中には人との関わりがあり、会話があり、生活がある。とりわけ、甥っ子とのコンビネーションが生み出す絶妙なユーモアは物語に可笑しみを与え、じわじわと見えない心の傷に染み込み、ほんの少しだけその痛みを忘れさせてくれる。

けれども、その過去と向き合わなければならないときがくる。前妻と再会する後半は本作屈指のクライマックス。心の傷は消えることはない。時間が経っても癒えることはない。それでも、私たちは生きていく。その時に必要なものは多分、劇的なことでも、大きな変化でもない。その傷があることを認めつつ、一歩前に進むことなのだ。

Ao-aO