「情熱が肉体に起こした奇跡が胸を穿つ」MERU メルー REXさんの映画レビュー(感想・評価)
情熱が肉体に起こした奇跡が胸を穿つ
まず、普段から登山だけを妙に敵視する人が多いことに、以前から疑問を隠せない。
ここのレビューにもあった「命を粗末に扱うエゴイスト」や「怪我や遭難したら人に迷惑をかける」「辛いのに登る理由がわからない」などなど。
ではプロレスやボクシングなどの格闘技、体を張ったアメフトやラグビー、サッカーなど他の競技はなぜ同じように批判されないのか。
批判する人々の道理に照らすと、無理に食べて太って寿命を縮める相撲や、42キロも走り体脂肪を極限に落とすマラソンや、器具から落下すれば大怪我する体操や、ボールが直撃することもある野球や、水難事故をはらむヨットやトライアスロン、ハンドルさばきを間違えたらクラッシュするF1なんてすべて無益で無駄でアホのやることで、命を粗末にしている行為なんでしょう。
しかし、危険や怪我のないスポーツなんてどこにもない。
彼らは死にたくてスポーツをしているのでしょうか。
答えは自明の理。否です。
ただ好きだから挑戦したい、それだけです。
また、スポーツ中であろうとなかろうと誰かが事故にあったり倒れたら助け合うのが社会です。日常から誰かに助けられていない人間なんて、どこにもいないと私は思います。
私も登山をやります。子供の頃もバレーボール、テニス、ソフトボールなどやっていました。なぜそれらをするのか?と聞かれたら、ただ単に「好きだから」の一言につきます。
それはなぜ米を食べるのが好きなのかという質問と同列で、他に答えようがありません。他のスポーツ愛好家もそうなのではないでしょうか。
しいて登山の特性をいえば、沿道にもゴールにも喝采を送る観客がいないスポーツです。そういった意味ではひどく純粋な、己の満足のためだけの行為といえます。
相手は自然ですが、戦うわけじゃない。
文明の利器を使いながらも、岩や雪と格闘するうちに、人間の動物としての原始の姿に戻っていくような、何かをはぎ取られていくような気持ちになっていきます。
不便さと恐怖を克服した先に、登頂した達成感があります。
実力のある登山家にとっては、まだ人類に浸食されていないメルーという原始の姿を留めた山になればなるほど、その欲求をかき立てられるものでしょう。
ほとんどのスポーツは苦しい時間がほとんどです。しかし好きな気持ちが上回っているから、肉体の極限までやり続ける。自分の限界を試したくなる。
レオンが瀕死の重傷を負っても驚異の回復力をみせたのは、山が好きだという情熱があったからであって、ジミーが彼を連れていったのは、危ない危ないといってチャンスを遠ざけてしまったら、彼から生き甲斐を奪ってしまうことに他ならないから。
山に行ける機会は、高山になればなるほど少ないのです。
彼が起こした肉体の奇跡を見て、ああ、誰かの物差しで、人の幸せを測ってはいけないんだなぁとつくづく思いました。
人間は他人からみれば無益だと思われることに挑み続けて発展してきた生き物。
スポーツに限らず、宇宙や火山や深海の探索や、トンネル掘削や高層ビル建築などなど、危険をはらむすべての分野においていえることでしょう。
しかしアームストロング船長の語ったように、人は困難に挑みたくなる性質を持っている。
だからこそ三人がメルーの天辺に立てたことが素直に嬉しく、感動しました。