エルネストのレビュー・感想・評価
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これが映画製作に於けるグローバル・スタンダード!?
伝説の革命家、チェ・ゲバラと、彼の側で共に戦った日系人、フレディ前村の知られざる記録は、1ヶ月半に及んだというキューバ・ロケによって希有な説得力を持った。監督とスタッフが現地に長期滞在し、カメラをセットし、キューバ人をキャスティングし、日本人俳優もスペイン語を完璧にマスターして臨んだ映像からは、現地キューバの空気が皮膚感として伝わって来るのだ。監督、阪本順治の最大の功績は、限られた期間内に外国の分かり易い、旅行番組のような風景を背景として撮影した来たことが明白な、その他多くの日本映画にはない手間暇をかけたこと。流暢なスペイン語を駆使してキューバ人俳優たちと台頭に渡り合うオダギリジョーも含めて、映画製作に於けるグローバル・スタンダードを実践した作品として、「エルネスト」は記憶されるべき作品だ。
タイトルの意味
ゲバラの広島訪問の場面から始まり、その後はキューバで医学を学ぶボリビア人学生たちの姿が描かれる。
キューバ危機などはありつつも、学問を続けていた彼ら。
そんな中、フレディは母国ボリビアでのクーデターの報に接し、ボリビアに戻って戦うことを決意する。
そこで与えられた名がエルネスト。
最後の20分あたりから急にゲリラ戦の現実が迫ってくる。
ゲバラの最期の地、ボリビア。
フレディも、ゲバラも、若すぎる。
この国はゲバラの後もクーデターや経済危機などが続いて大変な状態のようだ。
最後に、ゲバラの言葉はやっぱり重いと感じた。
何故日本人は怒らないのか、何故広島の碑文には主語がないのかと言う問いかけは今も変わらず意味を保つのではないだろうか。
オダギリジョー好演
まず何より、全編に渡りスペイン語で演じきったオダギリジョーに拍手!
発音もちゃんとしてたし、相当練習したか、元から多少喋ることができたのか、お陰でそこに意識をとられること無く鑑賞。
「淡々と描き過ぎ」という評価も解らなくはないが、起伏の激しい作品ばかりが映画ではない。
もし主人公がもっと劇的な人生を歩んだのであれば、もっと早くに世に名前が出ていただろう。
戦争や革命においては、名も無き多くの戦士たちの、それぞれの小さなストーリーが沢山あって、そういうものが人知れず消えていき、やがて忘れられてしまう。
そのほんの一部、平凡な日常を送っていた若者にスポットライトを当てることで、そこに暮していた人にとって革命がいかに切実な出来事であったか、そして、そこに身を投じた若者のなかには日系人もいたという事実を通して、バックグラウンドをも越えて目指した世界というものを抽象的に描いたのではなかろうか。
人知れず消えてしまいそうな事柄に目を向けること、そこに思いを馳せること、そして想像すること、そういう積み重ねが、人の心を豊かにしてくれるのではないだろうか。
【3国3人の革命家の生き様を丁寧に描き出した作品。オダギリジョーの代表作になるであろう。】
物足りないかな
題材はいいけど中身がダメ
ぼくは石ころ
日本とキューバの合作映画だ。キューバ映画というのも珍しいので、合作ではあるが、最近観たことがあるといえば『ゾンビ革命-フアン・オブ・ザ・デッド-』くらいだ。
映画のオープニングはチェ・ゲバラが1959年にキューバの使節団として日本を訪れるシーン。「見たいところに行く」と、予定を変更して広島へと向った一行。原爆ドームや原爆資料館を訪れて、「君たちはアメリカにこんな酷い目に遭わされて、どうしてアメリカの言いなりになるんだ」と感想をもらす。また慰霊碑にある「安らかに眠ってください 過ちは繰り返しませぬから」の言葉に対して「なぜ主語がないんだ」と問う。もう反米の思想が突き刺さるように訴えられてくる。
1962年、キューバに医学生として留学したボリビアの日系人、フレディ前村(オダギリジョー)は入学5日目にしてキューバ危機の現実を知らされる。そして留学生たちもいきなり、銃の訓練を受けることになるのだ。もっともキューバ危機なんて史実もアメリカ主体で描かれた映画は多いけれども、キューバから見ればアメリカとソ連が勝手に牽制し合った末に起こったもので、いい迷惑だったのだと、この作品は教えてくれる。キューバ人がケネディを嫌いになるのも無理はない。フィデル・カストロにしてもミサイルを発射するわけはないので、チェ・ゲバラ同様、反核の意思を貫いている。
1964年、フレディの母国ボリビアで軍事クーデターが起こったニュースが飛び込んできた。居ても立っても居られない彼は、“革命支援隊”に加わることを決意する。奨学金をもらっているので簡単には退学することはできなかったが、インターンの資格を取り、ゲバラから直接司令官室に呼ばれる。そこで戦地での戦士名エルネスト・メディコを与えられるのだ。戦地では決して本名を語らず戦士名で呼び合う。本名を語るのは死を覚悟したときだけなのだ。
フレディの伝記映画として作られたものではあるが、むしろ淡々と描かれているために、むしろメインではないチェ・ゲバラを浮き上がらせてような気がする。フレディが処刑されるのは幼なじみの弟によってという皮肉もあるが、これは脚色なのだろう。そのおかげで米主導で軍事政権を樹立したボリビアの悲哀が伝わってくる。
知られざる一人の人物
夢想の為に
キューバ革命の英雄チェ・ゲバラと共闘した日系人、フレディ前村を描く実話ドラマ。
あのチェ・ゲバラの近くに、彼からファースト・ネームが与えられるほどの日系人が居た事は全く知らなかった。
歴史の逸話はまだまだ知らない事ばかり。
阪本順治監督の世代にとってチェ・ゲバラはカリスマ的な存在なのだろう。
監督作で初めて実在の人物を題材にし、製作に数年費やし、思い入れや意気込みのほどが窺い知れる。
しかし、全然世代じゃない者にとって、時代背景やチェ・ゲバラがどんなにカリスマ的な人物なのか、いまいちピンと来ない。
自分にとっては歴史上最も有名な革命戦士の一人に過ぎず、それは他のチェ・ゲバラ映画も然り、本作も然り。
単に自分が、興味惹かれないか歴史に疎いか、なのだが。
小難しそうな政治的ドラマではなく、フレディ前村の青春ドラマ風として描かれているのは見易かった。
ただ、本当に展開は淡々。エピソードを並べ立ててるにしか思えず、話に引き込まれるとは言い難い。エンタメ性とかじゃなく、もっとメリハリが欲しかった。
フレディが何故ゲリラ活動に身を投じていく様になったかとか、チェ・ゲバラのカリスマ性に惹かれたかとか、フレディの最期とか、そういう話の流れや設定ではあっても深みや重みに欠けた。
オダギリジョーの熱演は見事。
流暢なスペイン語をマスター、体重も絞り、抑えた中にも熱い意志や闘志を体現、賞賛モノ。
作品的にはまあまあだったが、幾つかの逸話を知れただけでも一見の価値はあった。
フレディ前村の事、チェ・ゲバラとフレディ前村の事、そして冒頭のチェ・ゲバラの広島訪問は印象深かった。
革命戦士の夢想は、平和への祈り。
祖国の為に命を
怒りと革命。
冒頭のゲバラ来日時の様子がとても印象に残っている。
なぜ日本人はアメリカに対して怒らないんだ?は彼が
革命家であることを象徴する言葉で、彼に触発されて
ゲリラ活動に身を投じた今作の主人公フレディ前村の
決意にも繋がる。共に医師を目指した青年が、やがて
革命に身を投じていくという生きざまもよく似ている。
弱者を助けたいと願う心優しい青年がラストの裏切り
であっけなく散っていく運命は切なく、その三か月後
にはゲバラも処刑されたという結末がさらに重く響く。
弱冠25歳。もしも違う時代違う環境に生まれていたら、
彼はきっと素晴らしい医師になったに違いないだろう。
オダギリジョーの全編スペイン語の熱演は素晴らしい。
誰目線?
予告編を見た感じでは、チェ・ゲバラと共に革命を戦った闘志あふれる日系人がキューバにいたという話なのかと思ったが、全然違う。
主人公のフレディ前村は日系ボリビア人で、祖国ボリビアを医学で良くしようと志す、真面目で誠実な正義漢の医学生。留学先のキューバで、祖国が軍事政権下で人々が苦しめられていると知り、キューバ軍に入る。
オバマ氏の広島来訪でチェ・ゲバラが1959年に広島を訪れていたことがフィーチャーされたが、そのエピソードを使ってチェ・ゲバラの意思を表現している。
多くはフレディ前村のモノローグなのに、友人達が「フレディは何を考えている?」「そもそも俺たちはフレディを理解していたのか?」と言ったりして破綻している部分あり。
オダギリジョーはアメリカ留学の経験があるはずだけど、全編スペイン語、しかもボリビアの田舎訛りのスペイン語らしい。どのくらい上手いんだか判断不能だが、少なくともイントネーションは自然な感じ。アラフォーなのに20代のボリビア人に見えるのも凄い。
チェ・ゲバラ没後70年に彼の廟を参るラストのシーンが良い。
見る価値なし。
これは酷い。
「チェ・ゲバラ没後50周年という事でゲバラが亡くなる時期と重なる時代を生きた日系人に無理矢理スポットを当ててみました♪話に山も谷もないけどゴメンね〜」という感じだ。
映画のタイトルはゲバラの本名である『エルネスト』としており、字面だけ見れば、「この作品ではゲバラのどういった側面が描かれるのだろう!?楽しみ!」と思わされる。
しかし、そういった期待は盛大に裏切られる。
というのも、タイトルがエルネストとされた理由は、主人公である日系人が革命戦士としてボリビアに入国する際にコードネームとして名付けられたことに由来し、ゲバラ本人とは間接的な関わりを持つのみである。
従って、ゲバラはストーリーにちょこちょこ出てくるだけであり、「エルネストはいつ表立つんだろう?」と疑問に思っているうちに映画は終わる。
「ゲバラが主人公でないということは映画紹介に書いてあるだろ!」と反論する人がいるかもしれない。
しかし、今度は肝心の日系人に焦点を当てたストーリーが全く面白くないという問題が立ち塞がる。
南米ではかなり裕福なボリビアの日系人が医学を学ぶためにキューバに留学をし、クラスの男女関係のいざこざに慈悲をもって接してみたり、キューバ危機に巻き込まれてみたり、時たまゲバラやフィデロ・カストロと会えたり、祖国の軍事政権に立ち向かうために革命戦士になってみたり…、と歴史に変化をもたらすような行動を一切しない。
まぁ、一般的な日本人に比べれば激動の人生?なのかもしれないが映画にするには人生の起伏が全く足りていない。
こんなストーリーになるくらいなら、「南米の貧困層の青年がいかにして革命戦士へと変容し、そして、無残に散っていったのか」みたいな方向性にした方がまだ良かったはずだ。
日系人にこだわろうとするからこんなことになる。
製作者側の自己満足映画、見に行くべきではない。
ernest medico..
ゲバラが訪日していた事実を知っている人は少ないのではないだろうか
慰霊碑の主語が何故ないんだ 日本はアメリカにこんなことされて何故怒らないんだ 俺が革命家でいられるのは常に怒っているからだ やるべきことなど人に聞くな、必要な時は自分の心が教えてくれる など心に響く本物の言葉があった
フレディが退学するときの決め台詞にはカッコよくて笑ってしまった
おそらく超一流の医者になれたはずが、自分の心に動かされて軍隊に入った そのような人は実はすごく多いのではないだろうか その人生はどちらも正解である
題材は良いが、映画の構成は中学校の演劇のようにそれぞれのシーンが短すぎ笑 正直映画館で寝ちゃいました笑
オダギリジョーのスペイン語の頑張り、キューバの町並みは美しかったです
キューバ革命の英雄チェ・ゲバラとボリビアの戦場にへ同行したのが、カ...
キューバ革命の英雄チェ・ゲバラとボリビアの戦場にへ同行したのが、カタギリジョー演じるボリビア生まれの日系2世の医学生。カタギリジョーの台詞は全部スペイン語でした。
感動したのは、ゲバラが広島を訪れる冒頭の場面。原爆死没者慰霊碑に刻まれた「安らかに眠って下さい 過ちは 繰返しませぬから」に主語がないとゲバラが批判する場面。そして帰りの列車までの時間、カメラを手にひとり平和公園を再び訪れる場面。実際に撮影された写真が映されてゲバラの目が何をとらえたか思いを馳せる事ができました。
この事にマスコミは無関心。特ダネだったはずなのに。
キューバに舞台が移ってからは、淡々とボリビアで処刑されるまでのオダギリジョー扮する主人公の人生が描かれます。少年時代を演じた子役がどう見ても日系人じゃないのですが。信念を貫き通した人生であった事がわかります。
革命戦士は儚い
阪本順次監督作品を観るのは『この世の外へ クラブ進駐軍』『亡国のイージス』『魂萌え!』『座頭市 THE LAST』『北のカナリアたち』『団地』に続いて7作品目になる。
筆者が観た中では本作を除けば1番近作になる『団地』が最も面白かった。まさかあんな展開になるとは全く予想できない映画であった。
昔ほど諸手を挙げてチェ・ゲバラを讃えられなくなってはいるものの、日系ボリビア人のフレディ前村を知ることもでき、なかなか見応えのある作品だったと思う。
今までもチェ・ゲバラを主役とした映画としてガエル・ガルシア・ベルナル主演作品の『モーターサイクル・ダイアリーズ』やベニチオ・デル・トロ主演作品の『チェ』2部作を観ているが、本作でゲバラを演じたホワン・ミゲル・バレロ・アコスタが1番ゲバラらしさを醸し出していたと思う。
しかも実年齢は25歳の青年役を演じたオダギリ・ジョーよりも12歳も若く、今年で29歳の青年である。若さに似ず落ち着いた貫禄も兼ね備えている。
キューバを含めた中南米ではそれなりに名の知れた存在のようだが、監督の阪本がオーディションで見出した逸材だという。
既に40歳を過ぎたオダギリが日本を舞台とした作品で25歳を演じたなら違和感があるかもしれないが、周りが全員外国人だと不思議と受け入れられてしまう。
やはり日本人は童顔なのだろうか?それともこれもオダギリの演技力の賜物だろうか?
オダギリがバイクに乗って巡回診療をするシーンは、『モーターサイクル・ダイアリーズ』においてベルナル扮する若き日のゲバラがバイク旅行をする姿に重ね合わせることができて懐かしい想いを抱いた。
キューバはアメリカとの国交が途絶えた1961年以来歴史の止まってしまった国である。
正確には先進国であるアメリカの工業製品が入って来なくなったので社会インフラが止まったということである。
本作でアメリカのクラシックカーが盛んに街を走っているが、あれは今現在の実際の姿である。
車が自国に輸入されないので昔からある車を壊れたら修理して大切に乗り継いできたのだ。むしろその選択肢しかなかった。
キューバに行くとクラシックカーしか走っていないため、まるでタイムスリップした感覚に襲われるらしい。
もちろんインフラ整備も他国に比べて進まなかったために建物も当時のままである。
しかし2015年にアメリカとの国交が再開したので、これからはアメリカの工業製品がどっと押し寄せて車も新車が増えるだろうし、現代的な建築物が増えていくと思われる。
昔ながらのキューバを見られるのもあと数年かもしれず、阪本はちょうどいい時期に本作を監督したのかもしれない。
本作は何の前情報もなしに観たのだが、『チェ』2部作を観ていたこともあって、作品終盤にフレディがゲバラ率いるゲリラ部隊に参加してボリビアに向かうところで彼が死ぬことはわかってしまった。
わずか50人を率いて革命を起こそうとするゲバラはやはり無謀だったと思う。
生存者は数名に過ぎず殆どが死んでしまったにもかかわらず、後世ゲバラの名前だけが語り継がれることに、筆者は釈然としない想いを抱いていた。
川を横断しようとする際に銃撃を浴びて部隊員たちがあっけなく撃ち殺されていくシーンでは、理想に殉じた彼らの儚さが良く現されていて良かった。
筆者はゲバラよりも彼らに心を寄せたい。
ほとんどの共産主義革命は後にひどい大量虐殺を招き、とんでもない独裁者を生んでいる。ソ連ではスターリン、漢族では毛沢東、カンボジアにはポル・ポト、彼らがどれだけ自国民を殺したことかその災禍は計り知れない。
比較的温和なキューバ革命ですら、キューバ国内の資本家は資本主義の手先と見なされ工場などの資本財全てを没収されてしまった。
彼らはキューバで生きることもままならず、アメリカへ亡命する者も多かった。中には生きるために底辺の仕事から身を起こした人もいたという。
彼らからすればキューバ革命を主導したカストロ兄弟やゲバラは悪魔の手先である。
去年フィデル・カストロ(兄)が亡くなった時、そういった亡命キューバ人の多くが祝杯をあげたという。
またこんな話もある。カストロは不満分子を一掃する手段としてアメリカへの亡命を奨励したらしいが、その中にわざと犯罪歴のある者や精神障害者を潜ませたという。
革命の理想は結構だが、それが維持できず結局は社会全体が窮乏していき、失業者の中には観光客からの恐喝や窃盗で生活をまかなう者までいたという。
歴史には必ず光があれば闇がある。
南米の人々は、先住民のインディオ、奴隷として連れて来られた黒人、先住民と白人(主にスペイン人)の混血であるメスチーソ、そして白人の4種を基礎として、さらにその4種が複雑に絡み合うことで構成されている。
もちろん本作のフレディ前村のようにアジア系移民や彼らと現地人の混血もある。
キューバも似たような構成だろうと思っていたが、キューバは違った。キューバの先住民はスペイン人に完全に滅ぼされたらしい。
今では白人と黒人とその混血児でほとんど構成され、言語はスペイン語である。
キューバ革命で倒されたバティスタには、先住民、黒人、白人、漢族など様々な血が入っていたらしいが、考えてみればカストロ兄弟もアルゼンチン出身のゲバラも白人である。
バティスタが私利私欲を肥やすためにアメリカ資本と手を結んだことでキューバ国民が搾取されることになり、革命は起きたわけだが、旧宗主国の白人が率いる社会に逆戻りしたと見ることもできる。
なんとも皮肉である。
もちろん最悪なのは倫理観の欠如したアメリカ企業であるのは言うまでもない。
作品冒頭で広島原爆戦没者慰霊碑を訪れたゲバラが石碑の「「安らかに眠って下さい 過ちは 繰返しませぬから」という言葉に主語は誰か問うシーンがある。
東京裁判で東條英機を始めとするA級戦犯全員の無罪を言い渡したインド判事ラダ・ビノード・パールも慰霊碑に訪れて石碑を見た際に、原爆を落としたのはアメリカであり「繰り返させない」の間違いではないかと指摘している。
記者役の永山絢斗が「どうしてアメリカに怒らないんだ」というゲバラの台詞が衝撃だったとインタビューで答えている。
別に今さらアメリカに謝罪しろとか損害賠償を寄越せという必要はないが、日本国民としてその事実を心に刻んでおく必要はあるだろう。
また我が国は核兵器を落とされた国だから核兵器を持つべきではないという考えは、理想的ではあっても現実的でも論理的でもない。
現在北朝鮮は核兵器開発の最終段階にあり、さらに西の漢族国家は日本の各都市に向けて数百発の核弾頭を向けている。
むしろ論理的には、2度と相手に核兵器を撃ち込ませないために、最も核兵器を持つ資格があるのは世界でも日本だけであると言える。
ただ戦後70年以上刷り込まれてきた核アレルギーを払拭するのは難しいだろう。
日本の安全保障の課題はアメリカは解決してくれない!
何より我々日本国民1人1人が考えるべきだろう。
こういう歴史や社会問題を背景とした映画を観る際、さまざまなことを考えながら観てしまうので、最近はあまり楽しめない時が多い。
ひとえにこの手の作品がステレオタイプで表面的、真の問題がはぐらかされていると感じてしまうことが多いからだが、本作では名もなき革命戦士に焦点が当たったことやゲバラの発言などから興味深く観ることができた。
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