「軍事政権とカルト ダブル恐怖に震える」コロニア DOGLOVER AKIKOさんの映画レビュー(感想・評価)
軍事政権とカルト ダブル恐怖に震える
1973年チリ。理想の社会主義建設を目指して国民から選出されたアジェンデ政権は、ピノチェト将軍を頭とする軍事クーデターによって、暴力的に葬り去られた。クーデターには、裏で米国CIAによる民衆操作が行われていたことが、わかっている。米国CIAは 南米の左極化を恐れるあまり、アジェンデ政権を倒すために、「マルクス主義か、民主主義か?」を、上流中間層に訴えて、彼らを軍事政権を支持する勢力に作り替えた。その動きに対して、労働者は、工場連帯組織、農民組織、労働組合を中心に、アジェンデ大統領を支持したが、圧倒的軍事力による制圧によって、アジェンデの議会による社会主義社会建設は敗北した。アジェンデは、激しい空爆の下、大統領府から、「働く人々に必ず良い社会への道は開けるだろう。」というメッセージを残して、命を絶った。
サンチャゴ ナショナルスタジアムでの大虐殺、何万人という拉致され今だに行方不明の学生たち、目隠しをされパタゴニアの海に沈められた人々、コロニアル デグニダッドで拷問後、埋められた活動家たち、サンチャゴ市郊外のビジャグリマルデイ強制収容所には、現大統領バチェレも収容されていた。
この映画は、アジェンデ大統領が失脚し、ピノチェト将軍による軍事政権下で、血で血を洗う大粛清が行われたころの、一人の活動家のお話。彼は軍によって拉致され、入れば生きて帰ることはできないと言われた秘密監獄、コロニア デグニダッドに連行されたが、彼を追って潜入した恋人によって救い出される。この秘密監獄は、ピノチェトの崇拝者ポール スカフェルという、カルトの宗教的指導者によって作られ、秘密警察の役割を担っていた。活動は、ピノチェトが引退する2004年まで続けられ、軍事政権が崩壊したあと、この敷地からは、虐待と拷問で殺された数百体の死体が発掘された。
タイトル:「コロニア」 ドイツ、スペイン合作映画
監督: フロリアン ガレンベルガ―
キャスト
エマ ワトソン : レイナ
ダニエル ブリュール : ダニエル
マイケル 二クビスト :ポール スキャファー
ストーリーは
4か月前にドイツからチリのアジェンデ大統領を支持するためにやって来たカメラマンのダニエル(ダニエル ブリュ―ル)と、スチュワーデスの恋人(エマ ワトソン)は互いに愛し合っていた。ピノチェト将軍の軍事政権に抗する運動は、世界中から集まってきた活動家を含めて盛り上がりを見せていた。しかしある日、活動家たちが隠れ住む街の一角では、軍による一斉検挙が行われ、密告を強制された元活動家によって、ダニエルは拘束されて、連行される。レイナは、必死でダニエルの行方を捜すが、活動家仲間は、彼が悪名の高いコロニア デグニダッドに連れて行かれたと言われる。そこには、宗教団体が組織する秘密監獄があり、一旦入れられると、生きて帰ることができない。
レイナは、ダニエルを探し出すために自ら、そのカルト宗教団体に入会し、コロニア デグニダッドに潜入する。過酷な集団生活と、農作業や土木作業が待っていた。レイナは他の女囚たちと一緒に耐え忍ぶ。ある日、アジェンデ将軍が、ポール スカフェルをねぎらう為に、コロニアにやって来た。将軍を迎えるために、収容者全員が庭に集められる。レイナはすっかり痩せて、障害者の姿になったダニエルを見つけて、そばに近寄る。ダニエルは、幾度も繰り返して電気ショックの拷問を受けたために、脳に障害がおきた男のふりをしていたのだった。二人は誰にも気付かれないように、手を握りあう。二人は密かに逃亡する方法を探った。地下道を見つけ、二人はついに脱出を決行する。恐ろしい警察組織の追手と狂暴な犬に追われながら、二人は高圧電流の柵を超えて逃亡。ようやくドイツ大使館に逃げ込むが、大使館までピノチェト将軍の息がかかっていて、二人を拘束しようとする。誰も信用できない。二人は、飛行場の滑走路を走り、レイナの親友だったパイロットが操縦かんを握る飛行機に飛び乗って、脱出に成功する。
というお話。
映画の中で、カルト教主で、ピノチェト崇拝者で、コロニア所長で、変態のペデファイルのポール スカファーを演じたマイケル 二クベストが、その気色悪さで、だんとつに冴えている。この役者はスウェーデンではアイドルで、高倉健のような存在。
彼は、自身が孤児院から弁護士と作家の両親に養子として引き取られた人で、成績優秀なため。17歳のとき交換留学生として渡米。そこでアーサー ミラーの芝居「セールスマンの死」を演じることになって、以来演劇熱に取りつかれ、本格的な役者に道に進むことになったという経歴の持ち主。
2008年にステイング ラーソン著書の「ミレニアム」が大ヒットする。スウェーデン中でこれを読んでいない人は居ないとまで言われた小説、すまわち「ドラゴンタッツーの女」、「火と戯れる女」、「眠れる女と狂卓の騎士」の三部作だ。日本でもこれらはベストセラーになった。これが映画化されたとき、マイケル 二クベストが主役を演じた。以来この人は、ヨーロッパの映画は勿論、ハリウッド映画でも沢山出演するようになった。その多くは、悪役。でかい体に人相が悪くて怖い。救いようのない悪の標本のようなポール スカファーを堂々と演じている。本当のカルト教主ポール スカファーは ピノチェト引退のあと、2005年に逮捕され、33年の実刑判決を受けて、2010年に獄死した。
映画の中で、この教主が、信者たちを陶酔させるシーンが出てくる。マイクを口にぴたりとくっつけるようにして最大ボリュームでハアハアとあえぐ声を会場一杯に流しながら、、「私を信じなさい、神はあなたを愛している、ハアハア、信じなさい、ハアハア、愛して、ハアハア」 とやると、信者たちが次々と酔っぱらって昏倒していく。「女は悪だ、セックスは罪だ、」 と教主がアジると、そうだ女は敵だ、と男達が狂ったように、引き立てられてきた女の顔を殴り、腹を蹴って殺してしまう。恐るべき声の力だ。カール マルクスの「宗教はアヘンだ。」という言葉は こんなときのためにあったのか。おまけに彼は、ぺデファイル。幼い少年たちをシャワールームに誘ってレイプする。まったく気色悪い、これほど観終わったあとで、胸の悪くなるような、気分がふさぐ映画も珍しい。カルト教主の気色悪さをここまで表現、演技できる役者に脱帽。 こわうま役者。
最愛の恋人のためにスチュワーデスの仕事を捨て、信者を装って、このデスキャンプに潜入するエマ ワトソンが、健気で可愛らしい。小さな細い体に、コロニアの奇妙な制服を与えられ、農作業に駆り立てられる。でも毅然としていて、「わたし、思うけど、ハリーポッターは世界の悪と戦うために自分の命を犠牲にしているのよ。」 などと、今にも確信をもって言い出しそうだ。ラブシーンなど、ぎこちなくて見ていられない。彼女、、あまりにもハリー ポッターのハーマイオニ―役が適役だったので、大人になっても美少女から脱け出られないでいる。次から次へと男をだまして、すっからかんにさせて後は、銃で始末して海に投棄、などという悪女役は絶対に彼女には演じられないし、大人を笑わせるコミカルな役もちょっと難しそうだ。
エマ ワトソンに救い出されるカメラマンを演じているダニエル ブリュ―ルは38歳、スペイン生まれのドイツ人。いわばドイツの人気アイドル、アラン ドロンだ。2003年の「グッドバイ レーニン」、2009年「イングロリアス バスタード」、「ラベンダーの姉妹」などが印象的だ。もっと若い時は、とても綺麗な顔の役者だったが、太ってしまった。王子様役には良いが、秘密警察に追われる反政府活動家という緊迫感がない。「気の強い子供の様なエマ ワトソンに救い出される、おっとり坊ちゃん」 という感じで、なんか役と役者が一致しないような気がするのは、私の思い込みだろうけど、、。 でも、二人の逃走劇には、ハラハラさせてくれた。捕まれば即、殺されるとわかっている。
軍事力を背景にした恐怖政治と、カルト宗教とはよく連動する。救世主と、信じ込み全幅の信頼を寄せる信者を、政治目的に利用することは簡単だ。
チリではアジェンデ大統領による議会政権下における社会主義建設が葬り去られたが、これは1973年の話ではなく、イラクのサダム フセインへの死刑宣告と処刑、リビアのカタフィ大統領の惨殺、シリアのアサド大統領を失脚させようという動き、まさに世界中の「いま」に繋がっている。いつもこうした政権崩壊の裏に、米国が控えていて民衆を操作して煽動してきた。
それがわたしたちの歴史であり、これからの歴史でもある。
いま日本では「日本会議」という妖怪が跋扈している。
彼らは、憲法改正、皇室崇拝、天皇主義、元号法制化などを声高に叫んでいる。南京虐殺も従軍慰安婦強制連行もなかったと強弁し、近隣国に向けてヘイトスピーチを繰り返している。こうしたカルト宗教の信者を、国のトップ、首相の座に置いてい居る日本という国が、秘密裡にコロニア デグニダッドを持っていない、と誰が言えるだろうか。