珍遊記 : インタビュー
松山ケンイチが続ける、手綱を緩めぬ挑戦
競馬で騎手が好騎乗を見せると「人馬一体」などと表現される。俳優に置き換えれば“人役一体”といったところか。この言葉が最もしっくりとくるのが松山ケンイチだろう。これまでも、「デトロイト・メタル・シティ」のヨハネ・クラウザーII世をはじめとするコミックの個性的なキャラクターに続々と憑依(ひょうい)。独特の画風で知られる漫☆画太郎氏の傑作ギャグ漫画を実写化した「珍遊記」の山田太郎は、その真骨頂だ。(取材・文/鈴木元、写真/江藤海彦)
子どもの頃から漫画はよく読んでいたという松山。昨今の映画やドラマは人気コミックやベストセラー原作が主流なだけに、映像化を念頭に入れて読むことも多いという。1990年から「週刊少年ジャンプ」で連載された「珍遊記 太郎とゆかいな仲間たち」もわずかながら記憶に残っていた。
「ちっちゃい頃なのでほとんど覚えていないのですが、当時は絵が怖いというか汚いというか、あまりポジティブなイメージは持っていなかった。でも、『地獄甲子園』は大爆笑したんですよ。それが中学生くらいだったと思います」
その「地獄甲子園」の映画化を手掛けた山口雄大監督から直々のオファー。2007年のオムニバス映画「ユメ十夜」の1本「第十夜」でタッグを組み、脚色を担当したのが画太郎氏だった。
「(撮影は)すごく大変だったのですが、完成した作品がすごく面白かったので、もう1回雄大さんとやりたいなと思っていたんです。まさか『珍遊記』になるとは思っていませんでしたが(苦笑)。自分に持っていないものをたくさん必要とされる、いいチャレンジになるなと」
天竺を目指す僧侶・玄奘によって妖力を封じられ、旅のお供をすることになる天下の不良少年・山田太郎。ビジュアル的に似せることは難しく、生まれたままの姿で尻のアップからの登場とハードルはいかにも高そう。それが逆に、役者として意欲をかき立てられる要因となったようだ。
「まず外見というのはあります。特に漫画原作は提示されちゃっているので。雄大さんからは男らしい体はダメで、腹がポコッと出ているくらいの体形にしてと言われました。それに太郎は毛のある体じゃないからということで、毛を全部そってツルツルにしていましたね」
見た目が肝心とはよくいうが、それにしても徹底している。事もなげに話しているものの、人前で全裸になることはそうそうなく、ましてや自分の尻を見る機会はまれなケースだ。
「違和感はありましたが、あまり気にしないようにしていました。自分からやっているんじゃない、仕事でやってんだよって(笑)。最初は恥ずかしい感じがあったんですが、だんだん慣れてきちゃって、最終的にはスタジオで撮っている時は前張りを着けて普通に外に出ていました。皆も慣れちゃって普通になっていましたよ」
1日に100カット以上撮らなければいけないハードなスケジュールだったそうだが、楽しそうに振り返る笑顔が頼もしい。世界最強の武闘家・中村泰造(温水洋一)との激しい格闘やナンセンスなギャグの応酬など見せ場はたっぷり。玄奘役の倉科カナとの丁々発止のやり取りも息がピッタリで、妙なところにも感心する。
「やり過ぎて注意されるくらいやらなければとは思っていました。抑えるのは簡単なので、常にテンションは高めでいないとダメだと。温水さんはすごく動ける役者さんなのでビックリしましたし、ケガなく終われたので本当に良かった。カナちゃんはすごくウブで都会的ではない感じが玄奘に合っていたと思う。カナちゃんのチ○コの言い方、いいですよね、いいっすよねえ。文字だけ見ると、エロい感じになっちゃいますけれど」
それにしても、役に応じての変容ぶりは見事というほかない。原画と比較すればもちろん似ていないのだが、目の前で自由奔放に暴れ回る松山の姿は太郎そのものだ。他にもクラウザーや「デスノート」シリーズのL、往年の人気アニメをドラマ化した昨年の「ド根性ガエル」のひろしといったキャラクターを手の内に入れてしまう説得力。一方で、「の・ようなもの のようなもの」でのぼくとつな新米落語家のような等身大の役を自然体で演じられる柔軟性を併せ持つ。作品選びの幅も実に広い。
「オファーを頂けるのがすごくうれしいし、応えたいなと思います。かぶってしまった時は、挑戦できるものにいっちゃいますね。自分からやりたいと手を挙げたものがやれるとモチベーション高く臨めますし、おまえとやりたいんだと言っていただけるのがありがたいですね」
「珍遊記」は子どもたちも見たそうで、その際に子どもたちの成長を感じたようだ。
「下の子は、たまにニヤッとしながらボーッと見ていましたね。上の子はアクションが始まると、けっこうリアクションをしていました。『ど根性ガエル』はそんなに見られなかったので、あっ、見られるんだあって思いました」
加えて、昨年は自身で原作を見つけたことがきっかけでドラマ化が実現したWOWOWの時代劇「ふたがしら」にも主演し、「いろいろ新しいことにチャレンジできた1年」と充実した表情。今年に入っても、早逝の天才棋士・村山聖さんの生涯を描く「聖の青春」(今秋公開予定)では、増量して臨んだ。
「食って寝てたらこんなんなっちゃったみたいな感じです(苦笑)。2015年はいろいろなチャレンジができた年。今年も一発目で一番のチャレンジかも。将棋の映画ってあまりないですし、“ヒロイン”が羽生善治さんですからね。すごい映画になりそうです」
松山は、手綱を緩めることなく挑戦を続けていく。