「単なる西部劇に題材を取った密室劇ではなかったのです 本当のテーマとメッセージがリンカーン大統領暗殺事件に関連して隠されていたのです」ヘイトフル・エイト あき240さんの映画レビュー(感想・評価)
単なる西部劇に題材を取った密室劇ではなかったのです 本当のテーマとメッセージがリンカーン大統領暗殺事件に関連して隠されていたのです
ヘイトフルとは、
誠実であるとか貞節であるとかの意味の、フェイスフル(Faithful)のもじりだと思います
しかし本作の原題はThe Hateful Eight
ヘイトとは、もちろんヘイトスピーチのヘイトです
いやはや全くもって正にヘイトフル
差別用語が縦横無尽に飛び交っています
飛び交っている差別用語の殆どは、黒人に対する侮辱です
そしてそれを反射した白人への憎悪です
エイトとは、
単に「8人いる!」ということの意味に思えます
あるいは荒野の七人(マジェスティックセブン)の語感と、タランティーノ監督の8作品目だというにも掛けてあるようにも感じます
しかし本当のエイトの意味とは、リンカーン大統領暗殺事件に関与して縛り首になった一味が8名であったことを指しているのだと思います
ヘイトフル・エイトとは、その「憎むべき8人」という意味です
リンカーン大統領暗殺事件のことは米国人に取っては学校で習う常識なのでしょうが、私達日本人はそう詳しくありません
詳細を少し知ると、監督の意図が見えて来ます
本作は単なる西部劇に題材を取った密室劇ではなかったのです
本当のテーマとメッセージがリンカーン大統領暗殺事件に関連して隠されていたのです
サミュエル・L・ジャクソンの演じる主人公ウォーレンは少佐と呼ばれています
リンカーン大統領の暗殺現場に居合わせたのは、ある少佐でした
そして主人公の黒人で数々の輝かしい手柄を挙げた元少佐ウォーレンはリンカーン大統領その人から個人的に貰ったという手紙を持っています
リンカーン大統領は、もちろん奴隷解放宣言を発布したその人です
その大統領が賞賛するような大手柄とはなんでしょうか?
奴隷解放に反対する勢力を撃破したことです
つまるところ南軍を大勢殺したということです
手紙に出てくる名前メアリー・トッドは、リンカーンの妻のこと
彼女は悪女で有名でした
悪女を連行中の賞金稼ぎの名はジョン・ルース(John Ruth)
リンカーン大統領の暗殺犯の名前はジョン・ブース(John Booth)
彼は逃亡中射殺されました
彼の仲間の一味8名は逮捕され縛り首になったのです
彼は悪女ドメルグと手錠で繋がって常に横に並んで行動します
一見まるで仲の良い夫婦のように見えるのです
つまり手錠を使いリンカーンが悪女メアリー・トッドと恋愛結婚していたことを連想させているのです
手紙の文面にメアリー・トッドが呼んでいるというくだりにジョン・ルースも、マニックスも微妙な表情を浮かべて彼女の名を呟くのは、誰もが悪女と知っていたからです
つまり密室の中で繰り広げられる血みどろの闘争は南北戦争の縮図なのです
そして暗殺にも似た不意打ち
ラスト手前の縛り首のシーン
それはリンカーン大統領暗殺事件の相似形であったのです
吹雪のなかに孤立したミニー紳士服飾店
その密室とはアメリカのことだったのです
アメリカは今や人種間でいがみ合うヘイトフルな国になり果ててはいないのか?
差別の現場に居合わせていても見て見ぬ振りをしているのではないのか?
それは悪党どもに協力して黙っていた老人の元将軍と同じではないのか?
人種差別を口にするような、そう大してご立派な人間でないにしても、結局悪党どもに手を貸さないで、黒人と力を合わせて正義を貫いたヒーローにあなたはなれるのか?
リンカーン大統領の手紙の内容が私達に問うています
21世紀では、私の奴隷解放宣言の理想にたどりついたのか?と
君達は私と会えるのか?と
私の友だと言えるのか?と
時はゆっくりと変わる
だが確実に
(中略)
我々が進むべき道はまだまだ遠い
だが手をたずさえ共にたどり着こう
忘れないでいて欲しい
君はいつも心の中にいる
願わくは近い将来ぜひ君と会いたい
その日まで私は君の友でいる
露悪的なまでに、スプラッタホラー映画顔負けのグロシーンの連続
それはヘイトフルな今の米国の有り様はこんなものだというタランティーノ監督のメッセージだったのです
まだまだひどくなるというなら誰も生き残れないぞと
このミニー紳士服飾店のように
単なるウェスタンの密室劇ではありません
人種差別、人種間の対立と憎悪の応酬はこのような結末を招くのだとの警告であったのです
BLM運動の先鋭化と、その行く末の不毛の暗澹たる未来を予言していたのです
リンカーン大統領の手紙を音読し終わって「うまい創作だな」というマニックスの台詞
それは言葉どおりの冷笑?
いや本当は手紙の内容に感動している?
あなたはどちらに感じたでしょうか?
タランティーノ監督からの問いかけだったと思います