人生は小説よりも奇なりのレビュー・感想・評価
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『leave me Alone』だよ。
人生は小説よりも奇なり。
それは分かっている。色々な人生があるわけだし、人生自体はその人間が死なない限り続いている。従って、奇
であるのは当たり前。しかし、結末が全て同じなのが人生。『死』が人生の結論だからね。どんな人生を歩もうと『死』を結論とした予定調和なのである。だから、奇怪とも愉快とも取れるんじゃ無いかなぁ。すったもんだしても、そんなもんだ。
『性的なマイノリティーを病気として見るべきではない』とする見方が正当だとは思うが、差別が横行しているのは事実なので、当該者に対する心理的なカウンセリング等に保険適用は早急にすべきだと思う。勿論、当該者以外の一般の貧困層にも、日本の様に保険適用範囲を広げるべきだと感じる。アメリカはね。
こういった問題は観念論で語るべきでは無い。なぜなら、ストレートの人間にはゲイの事をわかりようがない。わかったふりをしては駄目。だって、
この二人の髭面の爺さんがどんな性的な問題を抱えているかなんて、興味ある?若者諸君よ!
それよりも電車のシートを、ストレートのジジイにも譲ってよ。優先席の前に立てば下向いて無視をするだけだもの。こっちだって若者諸君には興味ない。まぁ、大概のゲイの人達だって、この二人の老人の様に『此れ見よがし』に派手なパフォーマンスは見せつけないと思う。要は関わりたくない。『leave me Alone』だよ。
社会から欲しい物は愛情じゃない。お金だけですよ。お金。
『同情なんかいらない金をくれ』って言ったじゃん。でも、興行目的とした映画だからね。仕方ないけどね。
魂の伴侶を得る幸せと、その広がり
マンハッタンで暮らす、長年のパートナーベンとジョージが結婚式を挙げるところから映画は始まる。
熟年のゲイカップルが中心だが、「人生を共にするすべてのカップル」に置き換えても成立する、切なくも愛おしい物語だ。
少なくとも私には他人事に思えなかった。
ストーリーを引っ張っていく「きっかけ」として、ジョージがゲイを理由に解雇される以外は本当に普遍的な「生活を共にする」ことの素晴らしさと苦悩にあふれている。
ベンは甥っ子の家に居候し、ジョージは階下のゲイカップルの家に居候。
ベンが居ることで甥の妻・ケイトは在宅での小説執筆が進まなくなるし、ジョージはパーティ三昧の住人の部屋で居場所を見つけられない。
この作品で面白いのは、ベンとジョージの元の生活も、甥・エリオットの家庭も、階下のテッドとロベルトも、それぞれが快適なパートナーシップ生活を営んでいるのに、その過ごし方は全然違う、ということだ。
二人でまったりのんびり過ごすのも良い。
昼間は完全に個人として過ごし、夜にお互いの一日を報告しあうのも良い。
大好きなドラマについて語り合ったり、共通の友達を呼んで遊ぶのも良い。
それぞれが何ら変な事じゃないし、それぞれが楽しく過ごしていることも伺える。
そこへ全く違う「日常」を過ごしてきた人物が混ざった時に、「ああ、なんだか居心地が悪いな」と感じてしまう。
この映画で面白いのは、ベンの大甥であるジョーイの存在だ。
ジョーイはフランス語に強い愛着があり、それを共有できる友人になかなか恵まれない。
本人の嗜好ははっきりしているのに、それに見合うパートナーを求めにくい様子と、そんな子どもの状況を見かねてセラピーを受けさせようとする親、というのは少し前なら性的マイノリティとして登場するのが常だった。
今作ではゲイカップルが2組も登場しているので、ジョーイの孤独を「性」ではなく「知性」の嗜好としているのが面白い。
同年代の友達に恵まれず、孤独を深めるジョーイにベンは尋ねる。「人を愛したことはあるか?」と。
愛なのかはわからないけれど、気になる女の子の存在を明かしたジョーイに、ベンは必ず声をかけろ、とアドバイスする。
ベンとジョージは共に芸術を愛し、共に語らい、共に酒を飲み、お互いがお互いの苦楽を一番間近で見聞きしてきた「魂の伴侶」だ。
しかし、それは初めからピッタリとはまりこんだ形ではなかった筈だ。
違う相手と過ごしたり、相容れない時もあった。そういうズレやすれ違いを重ねて、少しずつ愛は日常になっていく。
ジョーイは若く、人生は長い。魂の伴侶は長い人生の中で少しずつその存在を増していく。それにはまず相手がいなければ始まらない。
離れて過ごしたことで、ベンとジョージは片割れを失くしたような寂しさと辛さに直面する。それはいつか必ず訪れる別れだ。熟年ならその思いは尚更だろう。
図らずも「喪失」を前もって経験したことで、それでもやはり愛する人のいる素晴らしさ、何よりも得難い幸福について、思うところがあったのだと思う。それがまだ少年であるジョーイへのアドバイスに結びついていく。
ベンとジョージが愛しあう様は、エリオットとケイトを結婚へと導き、ベンとジョージが離れ離れになることで、ジョーイの淡い気持ちは形になった。
愛しあう二人が引き離されることで新しい出逢いが生まれるとはなんとも奇妙だが、人生も愛も一筋縄ではいかない奇妙さがある。
ドラマチックなようでいて、生きることと地続きな泥臭さもある。
ベンとジョージの数奇な居候生活の顛末は、「愛することは素晴らしい」と、その人生を持って教えてくれる。
彼らに世の中は厳しくも、一筋の温もりも…
LGBTについて叫ばれる昨今。
こちら2014年の作品で、パッと見の印象やジョン・リスゴー&アルフレッド・モリーナの好演でハートフルな感動作のように思うが、厳しい現実を表すように一石投じる。
39年連れ添う同性愛カップルのベンとジョージ。
2011年、NYで同性婚が合法化され、晴れて結婚。
親族や友人らに祝福され、これから幸せな生活が待っていると思われたが…。
音楽教師のジョージ。同性婚を理由に教会の音楽の職を失う。
長年住んでいたアパートからも立ち退き。
ベンは甥のアパートへ。ジョージは知人の同性愛警官カップルのアパートへ。結婚して早々、離れて暮らす事に…。合法化されたのに、皮肉としか言いようがない。
年金や財産などお金の問題もさることながら、特に頭を悩ますのは人間関係…。
知人のアパートに厄介になっているジョージは周りの騒音がうるさい。
甥のアパートで厄介になっているベンは…。画家のベン。四六時中家に居て、仕事が乗らない時はお喋りが続く。在宅ワークの甥の妻は仕事に手が付かない。気分が乗って画の仕事。甥の息子の友人をモデルに。息子は面白くない。それでなくとも部屋を使われ、不満が募る。つい、差別的な発言を…。
ゲイ疑惑や学校での問題…この息子も難しい内面を見せる。
なかなか会えぬ中、久々の再会。
キス&ハグ、お互い思い合い、添い寝…二人のピュアな姿が温かく微笑ましい。
ベンがアパートの階段から転げ落ち、片腕を負傷。もう画の仕事が出来なくなり、沈み込む…。
それ以上に心配なのは、ベンは心臓に病気を抱えている事が…。
甥宅で蓄積された不満やぎくしゃくした人間関係が息子のとある問題をきっかけに爆発。ベンはアパートを出る事に…。
またジョージと暮らせるアパートを見つける。
また2人の穏やかな生活が取り戻せると思った矢先…
唐突の展開。ベンが死去し、その後。
ある画家との出会い。ベンが遺した画。ジョージは…。
甥の息子の後悔と反省。彼にはある出会いが…。
悲しいだけでは終わらず、温かな優しさと感動に包まれる。
ハッピーエンドのその後
ジョン・リスゴーとアルフレッド・モリーナというおじさん同士の同性結婚を境に、職を失くし、家を追われ、新婚早々それぞれ別の宅へ居候する羽目に合う。とは言え、この映画は何も、同性愛者に対する差別や偏見、そして生きにくさを訴えるようなそんな作品では全くない。ましてや、ゲイのおっさんが居候先の家庭をかき乱す無粋なコメディなんかでもまったくない。同性カップルの結婚という「ハッピーエンドのその後」を温かくもシビアに見つめた作品になっている。
彼らには当然子供がいないので、次のアパートメントが見つかるまでの間、必然的に友人や親類の家に間借りすることになる。結婚式では盛大に祝福してくれた家族さえ居候となると話は別で、ゲイの叔父との同居生活がは煙たがられるし疎まれていく。同性カップルも当人だけで生活が成立しているうちはそれでいいのだけれど、例えば老いて人の手を借りなければ生活できなくなったりした時の、現実的な寄る辺なさのようなものが垣間見えて、やけに切なさが滲む。しかしそれは別に同性カップルに限った話ではないとすぐに気が付く。
子供を産むわけでもないのに、どうして同性愛者が結婚する必要があるのか?という声を聞くことがある。そしてこの映画は確かに、結婚をしたけれど結婚生活などままならないで終わってしまう。それでも39年の同棲生活が育んだもの、長きにわたって務めた学校の教え子たち、描き続けた絵画など、彼らが人生を通じてこの世に遺すものは数知れない。そしてそれを受け取る存在としての「甥っ子」の存在がカギになる。
最後にカップルの一人が長かった人生の席を立つ。子供もいなかったし、個展も開かなかった。だけど彼の生きた証が、ささやかに次の世代に引き継がれ、新しい愛の芽生えと重なる優しいエンディングに心救われる。
思いがけないことばっかだね、人生は。
愛する人と結婚しただけなのに、仕事をなくし、仕事をなくすと家もなくし、しかも、家はちょっとやり方間違えて売ってしまって大損…。居候先に馴染めず辛すぎ!というゲイの中高年カップルのお話です。
数日前にスポットライトをみて、カトリックの暗部に触れたので、よけいに「またカトリックは!」的な怒りも感じました。それは片側の見方だとわかってはいるけれどさ。
甥夫婦も警官のカップルも、居候させてくれるんだから親切なんだけど、同居はやはりストレスなんだねぇ。マリサトメイのイライラも分かるけどさ、冷たくね?とも思うし。リアルだなぁと思いました。
甥夫婦の息子の佇まいといい、リアルだなぁと思いました。
せっかくいい部屋を見つけたのに、ラストにベンが死ぬとは全く予想していなくて、びっくりしました。
それも含めて、人生は小説よりも奇なり。なんでしょうねぇ。
ニューヨークへの憧れも強くなりました。
ニューヨーク、パリ、ロンドン。べたな西欧の都会にばかり憧れてますよ、あたしは。ええ、そうゆう映画の見過ぎです。
甥夫婦の息子がガールフレンドとスケボー漕ぐシーンに何か胸がいっぱいになりました。
地味ですが、よかったです。
監督の私生活への想いも含め
39年続いていた事実婚のままならば幸せに続いていたであろう生活が、同性婚という社会への表明によって見えない圧に負け、崩れていく。
近親者の優しささえも、悪意はないのに針の筵のように居心地が悪くやり切れない。そんな日常を映画的な美しさの映像と音楽で淡々と描く。
甥がゲイっぽいと揶揄するボブの画のシーンが字幕ではニュアンスを訳し切れず残念。別の意味の「陽気、バカバカしい」の取り繕いのために語彙が替えられないが、アメリカでゲイは差別用語。日本語でいう侮蔑的な「ホモ」に近い。
ジェネレーションの中で移りゆく意識の代表である甥が世間の空気としての差別意識を氷解させ人間的に叔父を悼むようになるラストへのグラデーションは小さい前進でも大きな希望だ。老ボブの時代がゲイに酒を出さない差別運動の時代から、今は少数でも理解者もいて、未来へも繋がっていく。
同性婚が決して安住の地ではなく根元では変わらず生きにくい世と描きつつ、根源的な愛の素晴らしさ奇妙さを原題「LOVE OF STRANGE」のままに映し取った佳作。
監督の私生活でのパートナーであるアーティストが手がけたボブの劇中画。ただならぬ存在感で、実物を見てみたい気持ちにさせられた。
普通の人々の切ない愛
39年連れ添った同性愛のカップルが結婚式を挙げた途端に、世間の逆風にさらされる・・・
タイトルや予告編から、なんだか可笑しくて笑える類の映画かしらん、と思って出かけました。
カップルのひとりは画家のベン(ジョン・リスゴー)、彼は年金生活者。
もうひとりはジョージ(アルフレッド・モリナ)、彼はカトリック教会で音楽を教えている。
しかし、同性婚を理由にその職を馘になってしまう。
生活に困り、いま住んでいる部屋を売って、安い部屋に引っ越そうという計画。
その間は、ベンは甥夫婦の部屋に、ジョージは同性愛仲間の部屋に厄介になることにしたが、部屋を売った金額は1万ドルと少し。
二進も三進もいかなくなってしまう・・・
というハナシ。
当初期待していたような笑える話ではない。
笑える話でないことは、映画が始まってすぐわかる。
ショパンの調べが全編を彩り、ジョン・リスゴー、アルフレッド・モリナの瞳には相手に対する慈愛と深い哀しみが窺い知れる。
ただ愛しいひとと一緒に居たいだけなのに・・・
原題は「LOVE IS STRANGE」。
愛は奇妙なものかもしれないが、ふたりは奇妙でもなんでもない。
ただただ普通のひとびとなのだ。
最後もどちらかといえば、そっけない。
心臓に病を抱えていたベンが、あっけなく逝ってしまうのだ。
それも、ふたりで暮らせる安い部屋が見つかったにもかかわらず。
そんなそっけない終りが、この映画を心に残るものにしているかもしれない。
ただただ普通のひとたちなのだから、人生の終りなんてこんなものかもしれない。
あっけなく逝ってしまったベンだけれど、ジョージやベンの甥の息子には大切なものを感じさせ続けている。
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