「それが悲しく、だが、うらやましくもある。」ディーパンの闘い しんざんさんの映画レビュー(感想・評価)
それが悲しく、だが、うらやましくもある。
予備知識は、「パルムドール」とスリランカ内線から逃れた「疑似家族」、そして「タクシー・ドライバー」。
ジャック・オーディアールの作品は初めてであるが、予備知識から想像できることがあてにならないことは、気配でわかる。
「ディーパンの闘い」
序盤、ディーパンの「家族」ができるまでの過程が恐ろしく、だが、ディーパンと名乗るその男も妻子をなくし、祖国を捨て、新しい生活を送ろうとする。
慣れない環境、仮の家族、だが、生きなければならない。集合住宅の管理人の職を得、平和に暮らしたい。そんな思いは、周囲の集合住宅の喧騒、暴力に巻き込まれていく。
と書けば、いわゆるラジオで俗にいう「ナーメテーター」のお話。
カレーがフレンチをぶちのめす。
といえば簡単なのだが、この映画のすごさは、ディーパンの「能力」が最後の最後まで分からないところにある。風貌も気配もリアルに普通の人だ。ラストの10分で、むしろその風貌が、激しいスリランカ内線の、生き残った「ふつうの」男として、彼の行為に爽快感だけではなく、恐怖を感じる。
だが、恐怖だけでなく、圧倒的な魅力ある「力」にも見える。
そのことがすごいのだ。
これは、ベトナム帰還兵の、狂気でPTSDを描いたと言われる「タクシー・ドライバー」とは違う。
ディーパンにとって、忘れたい戦争だが、忘れてはいない暴力。愛するものを守るには、力がすべて。
「戦争」を「暴力」と、たった一言で否定する者を打ち砕く、圧倒的な説得力のある力。
それが悲しく、だが、うらやましくもある。
原動力は愛だということはしっかり描いているので、賛否を呼んだといわれるラストはオレは支持する。
追記
カメラがとても楽しい。
ドキュメントタッチの前半の随所に現れる、フェードアウトの多投が心地いい。ぐっと登場人物の内面に引き込まれたり、こっちが勝手にいろんなことを想像させてくれる。ラスト10分の助手席から真横で撮った運転シーンが素敵だ。あんなハネた絵見たことない。
追記2
この後で「君と歩く世界」を見た。シャチ嫌いの俺は二の足を踏んだが、見て思ったが、ジャック・オーディアールの世界観は共通してるようだ。(こりゃ「預言者」は見なきゃな)
それにしても、尊敬するレビュアーさんのオーディアール作品のレビューは素晴らしいね。