お父さんと伊藤さん : インタビュー
藤竜也&リリー・フランキーと“家族”になり大きな糧を得た上野樹里
上野樹里が、タナダユキ監督の「お父さんと伊藤さん」で3年ぶりの映画主演。恋人のリリー・フランキー、父親の藤竜也と“生活”を共にし、言葉を重ねていくことで家族としての在り方と向き合い、それぞれが前を向いて生きていく糧を見いだした。切なさの中にもユーモアがあり、温かさで包まれるアンサンブル。3人の穏やかな表情からは、かなりの手応えが感じられた。(取材・文/鈴木元、写真/堀弥生)
「ちょうど家族ものがやりたいと思っていた時に、こういうヒロインの役がきたので興味深かったです。セリフのやり取りが面白いので、セリフをちゃんと言って素直に反応していれば面白いものになるという感じ。キラキラしていなければいけない主人公ではないので、本番に向けてのプレッシャーや張り詰めるようなストレスはなかったですね」
こう振り返る上野の役どころは、書店のアルバイト店員の彩。以前のバイト先で一緒だった20歳年上の伊藤さんと、なんとなく付き合うようになり同居を始める。中澤日菜子さんの原作小説には男女の機微が盛り込まれているが、映画化に当たってはあまり踏み込んでいない。その関係性が奏功したと語るのが、伊藤さん役のリリーだ。
「実際の僕とそう遠くない役なので何を用意するということもなかったんですけれど、伊藤さんの性的な部分が抜けているのが良かったなと映画を見て思いました。素性が知れないだけで十分です。そこに伊藤さんの裏の部分はもういらないかなって(笑)」
つましい生活を送っている2人の家に転がり込んでくるのが、藤演じる彩のお父さん。小学校の教員を長く勤めた、見るからに厳格で頑固な昭和の親父。北野武監督の「龍三と七人の子分たち」の引退したやくざの組長からの役の振り幅にひかれたそうで、最初の赴任地に設定された東京・狛江や生家とされた長野のロケ地を訪ね歩き、キャラクターのバックボーンを綿密に組み立てていったという。
「僕は役によりますけれど、いろんな裏を取らないと体が動かないんですよ。それを取るのは面白いんです。本当に楽しいから、もう趣味ですね。今回は、故郷にすごくこだわったのね。あのおじいさんが高校まで見た風景やいろんなことが、老いてきたことですごく蘇るんだろうなと思いながら見ていました。財布の中身がどうなっているのかも計算したからね」
父の老いを感じながらも、どこかうとましく思っている娘、虚勢を張りながらも娘のカレシのことが気になってしようがない父。ともすればギスギスした空気が流れそうだが、伊藤さんの存在が緩衝材のようになって意外とうまく回る。この父娘関係を、リリーが絶賛する。
「いろんな映画でいろんな父娘が出てくるけれど、ここの父娘はすごく父娘に見えたんですよね。顔、形うんぬんじゃなく、この人たちの生活の中で無意識に培われた価値観なのか、所作なのか。あっ、同じ家の人の感じがする。その家族の中に俺がいるという感じがすごく居心地が良かった」
気負うことなく現場に入った上野だが、多くを語らず役者にゆだねるタナダ監督の演出に不安が募ったことも。それは連日、監督から送られてくるLINEのメッセージが支えになったという。
「毎日帰ったら、『今日はどこが良かった』って来るから大丈夫なのかって思うようにしていました。今の(自分の)まま演じさせてもらえるのはすごく豊かなことなので、楽しんで役を遊ぶというか、中からわき出るものに従って動いていれば監督も楽しそうに波に乗れる。あまり疑ったり後ろばかり振り返っていないで前を見ようって」
それでもクランクアップ時にすべて解消されることはなく、完成品を見る際には「家でお酒をだいぶあおってから行くかというくらいに負けちゃいそうだった」と苦笑い。だが、それは杞憂に終わり安どの笑みを浮かべる。役柄同様、俯瞰(ふかん)で見ていたようなリリーも補足する。
上野「すごく楽しくて、今までの自分の映画の中でもっとも楽しませてもらいました。意外性もあったし、不思議な映画だなと思いました」
リリー「自分が出ていないシーンもあるじゃないですか。お父さんの教え子が急に来て、あの仏頂面がこんなに楽しそうになるとか。今までのお父さんの歴史を考えたらなるほどなという、どうなんだろうと思っていたところが腑(ふ)に落ちていきました。藤さんのお芝居を生で感じられて、幸せでした」
その藤は、セリフ回しなどで細かいリテイクが数回あったそうだが、悠然と受け止めたようだ。初の女性監督となるタナダ監督を見る視点も実に心憎い。
「ニュアンスだけでも随分、彼女の作りに影響があるんだろうなと思ってやりました。僕は全然抵抗しません。監督の言う通りにやるのが一番いいんですよ。タナダさん、いいですよね。女性として見ていて飽きない。僕はいい女だなと思ってみていたの」
藤の日活アクションやドラマ「大追跡」「プロハンター」を見て、赤いスイングトップを着てクシをポケットに差す青春時代を送ったリリーは撮影中、当時の話に聞き入っていたそうで、藤も「リリーさんのすべてが好きになりました」と相好を崩す。一方の上野は、その時代を知らなかったことでが然、興味が沸いたようだ。
上野「私は知っちゃっていたら、本当は怖いんだろうなとか若干強張っていたかもしれない。そういう前知識がないのでニュートラルに入れましたけれど、これから見たらちょっと面白い新しい世界が見えてくるかも」
17歳でデビューした上野も今年30歳を迎え、5月に結婚。女優として、女性としてますます磨きをかけ、新しい世界を切り開いてくれそうな予感がする。
「10代の頃は100%、自分のやりたいように時間を使えていたけれど、結婚をすると優先するものも変わってくる。それは仕事をおろそかにしているということではなく、その中で一生懸命仕事をすることで役を豊かにしていくのだと思う。味のある役者さんって、その人が役を豊かにしていると思うので、仕事とプライベートでいい付き合いをしていきたい。今は過渡期で、自分自身が試されている。自分がどう感じて、どういう選択をして生きていくのか。結婚もひとつの選択でしたけれど、そういう選択をしていくことでもしかしたら役や必要とされるものが狭まるかもしれない。それでも、自分に似合った役や幸せを感じられ、お客さんを幸せな気分にしてあげられる役ができるのならばいいと思っています」
お父さんと伊藤さんに背中を押された彩のように、上野も藤とリリーと“家族”になったことで大きな糧を得たようだ。