タルロのレビュー・感想・評価
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鈍で純な男がさもありなんな落とし穴に落ちます
チベットの辺境で、近代化の波に乗ることなく暮らしていた牧畜の民の男が、町に出る必要があって行ってみたら、性質の悪い女に引っかかる。いかにも田舎者が陥りがちな落とし穴の物語だ。
もちろんペマ・ツェテン監督は、現代中国の姿と失われゆくチベット文化の写し絵として描いているのだが、基本的には悲劇なのに、タルロという主人公がマヌケでありつつも聖人のようでもあり、かなりの愛されキャラとして成立しているので、ついコメディのように思ってしまう。コメディにしては毒があって辛辣だが、白黒の美しい映像もあいまって、おとぎ話のような滑稽話として楽しんでしまった。自分にとっては秀逸なブラックコメディでした。
泰山より重く、鴻毛よりも軽い
本人にとって、毛沢東の演説を諳んじることも、男として風変わりな髪型の三つ編みも、おそらく自慢だったのだろう。従順に羊飼いの仕事に従事することさえも、自分は善人だと自負していた節もある。
しかし、世間では彼をどう見ていたのだろう?
記憶力がいいじゃないかと持て囃しながらもそんなの覚えてなんの益があるんだと笑っていたんじゃないか?
お前は羊の面倒だけしっかりと見てりゃいいんだよと小馬鹿にしてたんじゃないか?
だいたい、心を許してくれたと思ってた相手でさえ、大金を手にした途端さっさと姿を消してしまったじゃないか。
結局、謙虚で慎ましいように見えた男でさえ、どこかに認めてもらいたい承認欲求が潜んでいた。周りは、そんな男の思惑ほどには認めていなかったのだよ。だからご覧よ、髪を切ったら誰だかわからないじゃないか。自分のチャームポイント、トレードマークだと思っていたものが、他人と区別するためだけの単なるアイコンでしかなかった。そう、自分の本名でさえすっかり軽い存在なのだ。これは、名前(あだ名)も、金も、髪も失った男の悲劇だ。"泰山より重く、鴻毛よりも軽い"のは、人間の命を語る前に、その人間の存在感だった。
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