クリーピー 偽りの隣人のレビュー・感想・評価
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なんじゃこりゃー?
キャストと監督に惹かれて鑑賞。
原作は未読。
みなさん書かれてますが、予告でストーリーのほとんどを語りつくしています。
そして、怖いは怖いんだけど、ところどころ、なんでやねんってツッコミどころ満載です。
まず、きみ悪い隣人にどうして近づいていくのか。
なんか「変やな」と思った時点で、旦那なり、警察なりもっと話したりしないのか。
警察って、単独行動しないんじゃない?っていうこととか。
そもそも、香川さんの西野の目的は?サイコパスだからってことなの?
操り人形にするクスリ、なんなんそれ?
てか、水田家と高倉家&西野家の家の配置だからって、それがどんな意味があんの??
R指定じゃないらしいけど、あれは子どもが見たらちょ悪影響かな、と思う。←私はグロ耐性ありだから無問題w
んー。見方によるのかもしれんが、私はビミョー。
個人的には竹内結子と西島秀俊を普通の関係では描けないんだろうな、と再確認。
オススメはあんまりしないけど、
西島秀俊好き、香川照之好きにはぜひ。
あと、グロくもないけど、耐性ある人は見ても大丈夫かなーと思います。
惜しい
この手のサイコパスな題材は昨今珍しくないが、まだまだ需要があり、自分も大いに期待してしまった。故に、こちらの期待が大きく上回ってしまい、「不完全燃焼」の一言に終わった。
黒沢映画独特の描写、不穏な空気感、香川の怪演など、素材は素晴らしいものが揃ってるのに、脚本、物語がとにかく肩透かし。もっとエグく、もっとサイコパスに描いてこそ昇華する作品だ。レーティングをPG15、18に引き上げてでもやるべきだった。
例を挙げると、
・西野の康子に対する支配、平たく言えば康子の西野に対する感情が、「嫌悪」から「性的支配」に至る経過描写
・高倉が最悪な相手に妻を寝取られる事により受ける、苦痛と悶絶の描写
・獲物にした家族をどの様にして服従させ、殺害まで至るのかの詳細な描写
・普通の自宅にあの様な特殊な部屋がある間取りについて、説得力のある説明描写
・隣人が「鬼」と呼ぶ理由描写
直接描写を避けるという手法もあるが、今回の様なサイコパスに重点を置いた作品なら逆だ。描かない事は、観客の期待に応えていないだけ、と言える。
百歩譲って直接描写は無くても、「そうであることを匂わせる」方法もある訳だ。が、本作は匂うまでにも至っていないのが残念。
「黒い家」や「凶悪」の様な良作を観ていると、その辺りがとにかく物足りないのである。観客サイドは「次はこうなってしまうのか?」と予想するも、「え、これで終わりなの?」という展開に終始する。
次にリアリティ問題。
実事件をモチーフにした作品としてはリアリティを追及するべきだと思うが、黒沢節によって一種異様な、ある意味魔界的な過剰演出によって、それは失われている。
詰問シーンのライティング、地獄へのドライブの様な車窓風景など・・・。それらは黒沢映画が好きな自分ならまだ許せるのだが、それを差し引いても、リアリティに欠ける描写が多すぎる。
致命的なのは警察の行動だ。今時単独行動する警察はまずいないし、自分が危険を予測している場所に丸腰?単独で侵入する行動は、どうひいき目に見てもリアリティに欠ける。まるで安いドラマの様で、イコールそれが興ざめにつながってしまう。
西野が所々見せる真面目?風な行動も、腑に落ちない。
決して自ら殺害に手を染めないポリシー(今までの殺人も全て?それは無理があるだろ)や、西野の全てがさらけ出されるはずのアジト(地下室)でも、異常性や性欲を感じさせる行動を一片も見せない不自然さなど、総じて「紳士なんじゃない?」とも見えてしまう。
予備知識無し、さらには過去に「凶悪」や「黒い家」「冷たい熱帯魚」などの良作品を観た事がない方なら、純粋に楽しめるかもしれない。黒沢映画好きも、一定値までは楽しめると言える。
だが、サイコパスものに期待しすぎて観ると、「物足りない」「惜しい」「残念」といった感想が出てしまう事請け合いだ。
訳の分からなさ追求
残念すぎる
こわっっ
まじで背筋が凍るほどのサイコパス。香川照之天才。竹内結子の心が侵されて行く様も凄い!ただ描ききれてない部分がちらほら。隣の田中さんの鬼という発言の根拠、田中さんの家がガス爆発したからくり、どうやってそこに東出を連れ込んだのか、笹野さんは死んで西島が生きていた薬の正体は?そもそも家を乗っ取ってその一家の関係者を欺いてなりすませるのか?サイコパスはやはり理由なしに殺すしかないのか。。
黒沢清の独壇場!
ほとんど飽きることもなく最後まで一気に観ました。
後から考えると展開の強引さは、ここで投稿されている多くの方が指摘しているようにあるとは思いますが、何故か気になりませんでした。
近代以降世界を支配するのが金融資本主義。
お金がないと生きていけない、お金が労働の対価となるが、お金は投資することで資本となり資本に働かせる者と、資本のために働く者に区別される。
資本家も実は借り入れ(金融)によって成り立っている。借り入れには担保が必要で、担保の代表的なものが収益計画と不動産です。
金融資本主義は不動産と密接に絡んだ社会経済を作っているわけですが、持つものも持たざる者もどちらにしろ金融の意思に支配されることになる。
サイコパスという大量殺人犯は近現代に登場したと映画の中で語られている。
金融資本主義から生まれたと言ってもいいだろう。
人間は金融の意思に支配されていて、それから逃れることは、自給自足の生活をしても完全には無理だろう。
共同体との関係性を失った人は、欲望のままに生きると金融の意思と同化する。
人は物であり数値であるかのように。
黒沢清の映画を観るといつも思う。現代の人間は金融資本主義という絶望的な世界を生きていることを。
不動産王のトランプに金融資本主義の破たんの夢を担わせるという理解不能な狂気が今の世界のリアルなのだろう。
そんなことを考えると、こんな重いことを背負えるなんて、、黒沢清の独壇場だと思います。
ご近所付き合いにご注意を
黒沢清監督久々の本格サイコ・スリラー。「リアル」ってのもあった気がするけど、とにかく久々の本格サイコ・スリラー。
確かに面白かった。(面白かったって表現が適切じゃないかもしれないけど、色んな意味での“面白かった”)
単なるサスペンス・ミステリーに非ず、身近に潜む人の心の闇に深く入り込む。
この後味の悪さと言ったら!
作品はかなり賛否両論。それも分かる。
後味の悪さはいいんだけど、何かこう、煮え切らないモヤモヤが残りこびりついたままと言うか…。
その嫌な感じも、タイトル“クリーピー”の意味を狙ったのかも。
まず、キャストから。特に強烈印象を残したこの二人。
言うまでもなく一人目は、香川照之。
最初会った時は感じ悪く、でも次会ったら愛想良く、かと思ったらまた急に感じ悪くなり、次会ったらまたまた愛想良く…コロコロコロコロ変わって、もう見てるこっちが疲れてくる。
掴み所の無さに翻弄されていると、身の毛のよだつ本性に…!
その怪演は笑えてもくるくらい。
末恐ろしさを感じさせたのは、“娘”役の藤野涼子。末恐ろしさとは、役柄の事じゃなく、その才能に。
6年前の未解決のままの一家失踪事件。
主人公夫婦が越してきた家の隣人。
一見何の関連も無さそうだが、しかし…
少しずつ少しずつその二つに繋がりが見えてくる前半は、抑えた不穏を煽る演出でサスペンス・ミステリーとして面白い。
突然!それが急変するのは、中盤過ぎてから。
何、あの部屋…? ここ、日本だよ…?
何、この唐突の展開…? どうしたの…?
そこからは、狂気の世界へようこそ。
皆、狂ってる。正気であった者も狂った。
極めつけは、“家族ドライブ”。
狂気はもはやシュール!
正攻法のサスペンス・ミステリーを期待したら肩透かし。多分これが低評価意見の大多数。
そもそも本作は、事件性のある話を描こうとはしていないのだ。
人の心の闇。
人はいとも簡単にその深みに迷いこむ。
そしてその誘いは、すぐ傍に。
アナタの家の隣で、隣人が。
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