創造と神秘のサグラダ・ファミリアのレビュー・感想・評価
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なんだかな~
この監督は才能が無いのか、手抜きをしているのか?
サグラダ・ファミリアの何を伝えたいのか?
映像とインタビューの断片を淡々と見せられると、実物を見ている私でも懐かしさよりうんざり。
ドキュメンタリーとしてもNHKスペシャル、ザ・プレミアム「ガウディの遺言~サグラダ・ファミリア100年の夢~」の方がはるかに出来がいいし面白い。
資料映像を探している方以外にはお勧めできません。
創造の意志
ガウディの今に続く創造の意志を感じた。
ガウディと同じものを見ようとしている作り手もいるが、受難の部分は無神論者のデザインというのに驚いた。
内戦と軍政で、ガウディ自身が作った模型やスケッチのほとんどが失われた中で、模型を復元する作業が地道になされている事、平和になって観光名所となり、建設資金が得られた事など、興味深い。
気長に。
思ってた以上に外尾さんがよく登場することに驚きました。
まさか日本が製作したのかと思い調べてみるとスイスとのこと。スペインでもないんですね。
個人的に、ガウディの自然を基にしたデザインが大好きなので、ガウディの案に忠実につくって欲しいなという気持ちがありますが、みなさん職人としてのこだわりやプライドがあること、大人数が一緒に取り組む難しさを実感しました。
でも、それでも今も作業が続けられているのはガウディの魅力なんだろうなあとも。
2026年に完成すると言われてますが、つくっている側の人たちはあまりその気がなさそうであることにも驚きました。
彼らの意見を聞いていると、何だか早く完成させることに意味を感じなくなってもきたので、気長に待ちたいと思います。
様々な問題に負けず、無事に作業が進められますように。
ドキュメンタリーの辛さ
アントニ・ガウディといえば、スペイン特にカタルーニャを代表する天才的建築家であり云々・・・
別にここで説明しなくても有名すぎる御仁である。
グエル公園、カサ・ミラ、等々、有名な建築物がバルセロナを彩っている様は、羨ましいの一言である。
その後のデザイナーにも多大なる影響を及ぼしたであろう天才建築家は、途方もない教会建築をさも、バベルの塔の如く、黙々と建て始め、志し半ばで、この世を去る。しかしその志は、様々な人達が引き継ぎ、スペイン内乱や第二次世界大戦、戦後の混乱や復興に伴う思惑を乗り越え、造り続けることそのものが、観光化していく特異な建築物として、存在し続けている。
その様々な想いが結集したサグラダファミリアに携わる人々のインタビューを中心に、まるでモザイクパッチのように拡がる心の吐露を現わしている。
で、勿論それがドキュメンタリーなのだが、いかんせん物語性がないので非常に観ていて飽きてくる。仕方がないのだろうが、ドラマティックさが欠けるのは当然なのだが、一番の問題は、字幕スーパーなのだと思う。
ナレーションや、出演者の吹替があれば、もっと興味深く楽しめたのではないだろうか。勿論、テレビで有名なナレーター(銀河万丈氏等々)や声優さんに声の出演をお願いしたい思いである。せっかくの専門的な話も、スペイン語では興味が薄れる。
かくして、五分位の寝落ちが数え切れない程起こる始末。申し訳ない気持ちである。
ガウディすごいなぁ
サグラダ・ファミリアすごいなぁ。というかガウディという人がスゴイんだなあ。ぜったいに行ってみたい。このスケール感というか、時間の捉え方とか、常軌を逸している。しかもそのようなガウディの遺志を継いだ人たちがいっぱいいて、本気で信じているという。「神は焦るなといっている」とかなんだかすごすぎて笑ってしまった。映画としては、淡々としていたからか途中でところどころ寝てしまったごめんなさい。
ガウディ没後100年の2026年に完成させるため、意思をどう継いで...
ガウディ没後100年の2026年に完成させるため、意思をどう継いでいるのか、にょきっとそして可憐な現在の様子も綺麗。主任彫刻家の外尾悦郎さんのスペイン語の語りも魅力的。
まずは現物をみてみなくっちゃ!
スペインのバルセロナ、アントニ・ガウディが構想し、着工から130年を超えても未完成の大聖堂サグラダ・ファミリア。
その内部に迫ったドキュメンタリー『創造と神秘のサグラダ・ファミリア』、映画は、ガウディの構想と、それが時を経てどのように実現してきたか、これまでの経緯を描いていきます。
荘厳壮麗な三つ正面ファサードはキリストの生誕と受難と栄光を描き、生命の神秘を表した内装で、すべてのひとを受け容れる教会を夢見たわけです。
それらを丹念に写しとり、関係者の証言を交えて描いていきます。
でもでも、なんだか、つまらない。
サグラダ・ファミリアの物量というか質感というかそんなものが伝わってこないのです。
はたと気づいたのは、これは、現物を観たひと向けの映画ではありますまい、ということ。
現物を観たひとならば、あぁこんなところにこんな工夫が・・・とか、あの凝った様式はこれこれこういうことかぁ・・・とか、こんなすごい建物はあと100年かかるだろうと思っていたけど最近の技術はお手軽に作っちゃうんだなぁ・・・とか、そんなことを思うのでしょう。
でも、一度も現物を観ていない身にとっては、「あっ、そう」「ふーん」でした。
そういえば1980年代に勅使河原宏が監督した『アントニー・ガウディー』というドキュメンタリーがあり未見なのだけれど、そっちを見てみたくなりました。
「ロ短調は完璧な解釈は不可能だ。そこにたどり着いたら終わりだ。分からないからこそ、人は解釈を挑み続ける。サグラダ・ファミリアの建設も終わらない解釈だと思う。」は印象的。
スペインの北東、地中海の港湾都市バルセロナはローマ時代の植民都市にはじまる。
19世紀の産業革命に、いち早く成功するこの都市はヨーロッパで最初の近代都市計画を実施する。
しかし、その成功がもたらす人心の荒廃と都市汚染は著しく、敬虔なキリスト教徒であるバルセロナ市民は寄付を募り、建築家ガウディに贖罪教会を作らせることになった。
産業革命の成功がもたらしたバルセロナのサッカーチームとサグラダ・ファミリアは世界中の注目の的だが、100年に及ぶ教会の建設は決して順調なものではなく、いまだ完成していない。この映画は贖罪教会の意味とその建設の経緯のみならず、新たな課題や建設の方法まで克明に触れる貴重なものとなっている。
昔、訪れたサグラダ・ファミリアはすでに観光地ではあったが、身廊部分に若干の建設資材が置かれているだけの閑散とした建設現場だった。案内人も工事人も広い現場にちらほらでヘルメットさえ被ればどこでも自由に見学できるのどかな体験だった。
出来たての鐘楼の階段を上り、テラスのような場所に立ち、塔を見あげ碁盤目の直線街路にマンションが連なるバルセロナの新都市を見下ろした。
映画で観るサグラダ・ファミリアは全く別物に変容していた。
完成した誕生の門や受難の門、ステンドグラスからの光が輝く、まるで爽やかな秋の森のような身廊。
ベネディクト16世のミサに集まる世界中の人々の喜びはまさにテーマパークのような賑わい。
バッハのロ短調ミサ曲がこの映画をリードするテーマ曲と言えそうだが、その指揮をする音楽家ジョルディ・サヴィルの言葉。
「ロ短調は完璧な解釈は不可能だ。そこにたどり着いたら終わりだ。分からないからこそ、人は解釈を挑み続ける。サグラダ・ファミリアの建設も終わらない解釈だと思う。」は印象的。
そう、贖罪教会も完成することなく、いつまでも作り続けてもらいたい。
そんな思いを持って試写室を後にした。
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