劇場公開日 2015年5月23日

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「何かが”いらっしゃる”佇まいと気配」ゆずり葉の頃 ユキト@アマミヤさんの映画レビュー(感想・評価)

3.5何かが”いらっしゃる”佇まいと気配

2015年8月13日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

楽しい

知的

幸せ

ずぅ~っと「観てみたい」と思っていた作品でした。八千草薫さんと、仲代達矢さんが共演する、それだけで十分、映画館でお金を払って見る価値あり、とおもってしまいます。誰もが同じことを思うようで、神戸で唯一上映している、「元町映画館」に行ってみると、客席は平日にもかかわらず、ほぼ満席。しかも中高年の方がほとんどでした。
作品そのものはとっても静謐な作品。
佇まいがいいです。
軽井沢で、ある画家の個展が開かれました。画家は滅多に人前には姿を現さない。しかし、その絵に惹かれる人たちが数多い。いつしか、その存在自体が伝説的な画家になっていました。
 主人公の市子(八千草薫)は、この画家、宮謙一郎の、ある一枚の絵がどうしても気にかかる。一度でいいからその原画を見たいと思ってきました。いい機会です。彼女は自分の住む街から、個展が開かれている軽井沢へ向かいます。しかし、自分がどうしても観たい作品は、個人所有となっており、原画をみる事はほぼ不可能に近いことを知ります。
やがて市子は、地元の喫茶店のマスターや、彼に紹介されたレストランオーナーの計らいで、なんと、宮謙一郎画伯、ご本人に会えることになります。宮画伯のお宅に招かれた市子。そこで彼女が見たのは……
本作では、何の説明も要らないでしょう。絵画鑑賞のように映画の世界観、その雰囲気の中に身をまかせると良いでしょう。
音楽は悪くない。それもそのはず、ジャズピアニストの山下洋輔さんが、ピアノを担当してます。そのメロディーや演奏はやっぱり素晴らしい。
僕が気になったのはその音楽の使い方でした。
このシーンでは、むしろ饒舌な音楽は必要ない、と思えるシーンにまで音楽を使ってしまっている。
 実は「無音」という選択肢は、映画監督にとって実に勇気がいるのです。だから、どうしてもセリフのないシーン、人物の移動や、時間の移り変わりのシーンで、「必ず」「隙間なく」音楽を入れてしまおう、とする。その気持ちはわかります。本作では人物が動くシーンでの音楽が、やや饒舌すぎるきらいがありました。
まあ、これも趣味の問題なので、観る人がこれでいいと思えば、正解なんでしょう。
それからもう一点。一部のシーンで使われた、手持ちカメラの問題。
なんでブレブレの手持ちカメラを使ったのか? ほとんど意味不明なシーンがありました。市子の主観映像が、それに当たりますが、これは如何なものか? と首をひねりました。僕ならステディーカムを使って欲しいと思う。
いろいろと、文句を申しましたが、本作はそれを補って余りあるほど魅力的です。
やっぱり八千草薫さん、スクリーンで拝見するお姿はなんとも美しい。
この人は、老いて行くのではなく、本作のタイトルにある通り、その存在自体が「ゆずり葉」なのでしょう。
ゆずり葉は、若い葉が伸びてから、古い葉が落ち、次の世代に譲るのだそうです。
本作の見せ場は、なんといっても仲代達矢さんとの二人芝居でしょう。オルゴールの音に合わせて、八千草さんと仲代さんが、ダンスに興じるシーンがあります。
お二人が、子供の頃に戻ったかのように、無邪気に踊るシーンは印象的です。
ロケーションも本作の大きな魅力です。
「龍神の池」と呼ばれる池があります。清水が湧き出てくる、常に新しく、命溢れる水が、しんしんと湧き出てくる。その生命力と透明感あふれる小さな池のほとりにたたずむ主人公、市子。
「ああ、ここにはなにか”いらっしゃる”」と思えます。
岸部一徳さんが演じる、マスターの喫茶店「珈琲歌劇」この雰囲気もいいですね。エンドロールを見ていると、この喫茶店、実在するようですね。
レンガと木組みで作られた古い喫茶店。中に入ると、年代を重ねたと思われる銘木で作られた、カウンターのどっしりとした重み。客は少なく、これで経営が成り立つのか?と思えるのですが、静かに味わい深い珈琲を、じっくりと楽しむにはぴったりの雰囲気です。店員の服装は、清潔感あふれる真っ白なシャツに黒のエプロン。言葉使いが丁寧です。接客はどこまでも超一流ホテル並みです。そんな喫茶店のカウンターの奥。マスターは珈琲をじっくり丁寧にドリップしている。画面から、程よく焙煎された、珈琲の香りが漂ってきそうです。マスターの友人が営むレストランも、これまた素敵です。
ここは2組だけですが、宿泊もできる。地元で採れた食材でフランス料理を出している。
市子はこのレストランで、宮画伯の絵に出会うのです。
本作では、おもわず「一度は行ってみたいなぁ~」と思わせる、魅力的なお店、画廊、数々の美しい風景が取り上げられております。
年齢を積み重ねてゆくことで得られる、ある種の気高さ。
「私もこんな風に歳を重ねて行きたい」
本作を見て、誰もがそんな風に思うのではないでしょうか。
ゆずり葉のように、すくなくとも心持ちは「緑のままで」歳を重ねて行きたいものですね。

ユキト@アマミヤ