「始めてしまった戦争は……終われない」日本のいちばん長い日 ユキト@アマミヤさんの映画レビュー(感想・評価)
始めてしまった戦争は……終われない
本作で描かれるのは、太平洋戦争最後の戦時内閣、鈴木首相就任から、終戦の詔書が放送される8月15日まで、を描くものです。もうすでに、勝てる見込みのなくなった戦争を指導していた人物たち、大本営や、内閣、そして天皇の言動に至るまでを克明に描こうとします。ただ、136分の中で、これらを描くには、どうしても駆け足でストーリーを追いかけざるを得ないなぁ~、というのが率直な感想です。
できれば、事前に原作なり、あるいは太平洋戦争のドキュメンタリーなどで、今一度予習していったほうが理解は深まります。
本作でのキーパーソン、鈴木貫太郎首相は、連合艦隊司令長官も務めた、バリバリの海軍軍人出身の政治家です。その後、天皇のお世話をする侍従長を務めます。ところが二・二六事件の夜、自宅に押し入ってきた青年将校たちから、5発の銃弾を撃ち込まれるんですね。このとき奥さんが「お願いですから、トドメは刺さないでください」と懇願します。青年将校たちも「いずれ鈴木は死ぬ。とどめは残酷だから止せ!」
この奥さんのとっさの機転で、鈴木貫太郎は奇跡的に一命を取り留めます。
過激な軍人から命を狙われた、その鈴木貫太郎は、昭和天皇のお気に入りでもあったようです。
終戦間際、実質、戦争を終わらせるための内閣が組まれます。そのとき、わざわざ昭和天皇が指名したのが鈴木貫太郎でした。
鈴木はいったんは丁寧に断ります。
それはそうでしょう。77歳という高齢。おまけに、かつて5発の銃弾を受けた、ボロボロの体です。体力的にも不安がある。そんな鈴木に昭和天皇は「頼むから、どうか、曲げて承知してもらいたい」と言葉をかけました。
昭和天皇、直々の強い要請に、鈴木は覚悟を決めたのでしょう。
軍人出身とはいえ、映画を見る限りでは、鈴木貫太郎は、大本営や、陸軍、海軍、の硬直した思考パターンに辟易していたようです。
あるシーンで彼が受話器を持って放ったセリフ
「軍とはこういうところなのです!!」
彼はいったん軍を離れ侍従長として、外から客観的に軍を見る目を持っていたようです。
映画では、硬直した思考パターンしか持たない、大本営の参謀たちの暴走が描かれてゆきます。
特に陸軍はその歴史に非常な誇りを持っていたようです。
「栄光ある陸軍が行くところ、すべて勝ち戦さである!!」
ほとんど妄想としか言いようのない「陸軍常勝神話」に彼ら自身が自家中毒に陥っていたようです。
ですから、彼らにとって、「無条件降伏」などもってのほか。
大日本帝国の臣民は、皆が天皇の子供達なのですから、天皇のために死んでこそ本望、いざ、本土決戦、一億玉砕ダァァァ~!!とやたらと威勢がいい。
女学生たちが竹槍訓練をする風景も映されますが、まさに精神力があればB29など、恐るるに足らず、竹槍で一撃必殺のかまえです。
ここまでくると、もう、この連中、精神病院へ放り込んだほうがいい、と僕なんかは思ってしまうんですが、実際、戦争終結直前まで、陸軍や大本営はこの調子なんですね。
とくにやっかいなのが、飾緒(しょくちょ)と呼ばれるモールを吊り下げた軍人たち。参謀です。
このひとたち、机の上で戦争をやっているのです。机上の作戦が失敗したと現場から報告が入ると、兵を引くときに「撤退」は軍の名誉に関わるから、「転進」などという、都合のいい言葉を発明したりします。
かつて司馬遼太郎氏は「戦時中、日本国は、日本軍に”占領”されていた」と語りました。本作の原作者、半藤一利氏は、永きにわたって、その司馬遼太郎氏の編集者でありました。そのニュアンスは半藤氏に受け継がれていると思います。
さて、そういったやたらと威勢のいい、血気盛んな陸軍内部。その代表、陸軍大臣として、鈴木内閣に入ったのが阿南惟幾(あなみこれちか)陸軍大将なのですね。彼は表向きは「徹底抗戦派」を装っております。しかし、内実は「日本に勝てる見込みなどない」ということは承知しています。この戦さをいかに「より良い条件で」終戦させるか、軟着陸させるか、それを模索していたようです。彼もまた、一時、侍従武官として、天皇陛下の近くで御仕えしていた時期があります。そのときの侍従長が鈴木貫太郎氏でありました。彼は鈴木氏の人柄に大変尊敬の念を抱いていたようです。ただ、陸軍内部のエネルギーはいつ暴発を起こすかわからない。しかし、天皇を思い、国を思えば、何としてでも軍内部を自分が説き伏せ、鈴木内閣を命がけで支えなければならない。
苦渋の板挟み状態です。
本作において、この実に難しい役どころを、名優、役所広司氏が熱演しております。こんな難しい役どころはおそらく、役所さんでなければ務まらないでしょう。
歴史の歯車は刻々と進みます。
玉音放送は実は事前に録音されたレコード盤であったこと。
それを放送させてなるかと、宮城を占拠した軍部のクーデター事件があったこと。
日本人でも意外に知られていないこれらの事実が、淡々と時系列を追って描かれてゆきます。
最後に昭和天皇を演じた本木雅弘氏が、役の存在感に押しつぶされずに、神々しく演じきったことに感嘆いたしました。
なお参考までに、この戦争末期の天皇や軍部を描いた作品として、イッセー尾形氏が、生き写しのように昭和天皇を演じきった傑作、アレクサンドル・ソクーロフ監督の「太陽」、また、「終戦のエンペラー」もあわせて鑑賞してみてはいかがでしょうか。