ゼロの未来のレビュー・感想・評価
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身につまされる思い
難しいことは分からなかった(エンティティ解析とか何?という感じ)けれど、とても好きな作品です。
言葉ではどう表現すればいいのか…。
カウンセリングはプログラムで対応する。
なんというか他人の面倒を見ることがなくなることがこんなにも寂しく映る。
冒頭あたりで会社(?)でのやりとりで
「何が問題なのかね?」
「我々は死ぬ」
「我々とは?」
「我々です、我々自身」
「君一人だが」
「そう見えるだけ」
人間て便利すぎる世の中を少しずつ享受せざるを得ないのかもしれない。
主人公は危機感を感じながらも、食事はレンチンとか宅配ピザで済ませたり、性処理をヴァーチャルの世界で済ませたりで、享受し始めている。ラストはヴァーチャルの中で終わる。100%か0%どちらかでしか生きられないキモいやつ。
結局は妥協することが幸福に生きるために必要なのかなあ。
現代世界への警鐘⁉️
人生に意味を与えてくれるものは何か?幸せを与えてくれるものは何か?世界は誰かにコントロールされているのか?
人は人と関わって生きる事で生まれる愛や軋轢に触れる事で人間ならしめる。その事を忘れいないかと警鐘している作品なのか……。なんてったって、「未来世紀ブラジル」の監督だもんな。
面倒くさいメッセージ
2013年テリーギリアム監督
「ゼロの未来」
生きるとはー。あいするとはー。人生の謎を解く数式「ゼロ」に挑む人々が、生きる意味と真実の愛を求める近未来ヒューマンドラマ!
と、チラシに書いてますね。
ストーリーはゼロの定理に挑む天才らしきおじさんが、謎を解明する電話を待ちながら、友達やら女の子やら仕事やらで色々あって、ささやかにブラックホールに吸い込まれるという話です。
全体的にわけわからん感じで面白くはないんだが、パッと見た感じで。
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ゼロの定理、ブラックホールは「死」である。とみました。
99%から解析が進まないのも、人が死の直前までしか意識がないからであり、ブラックホールのゼロも解析不能な特異点であるということが、死と繋がる。
主人公は、ひたすら電話を"待って"いる。電話がくれば救われると。そしてゼロの定理を解析する仕事をひたすら続ける。そう、人は常に"死"を待っている。
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最後に主人公はマネジメントという上司みたいな存在から、おまえは電話を待ち続けた。人生を無駄にした。もう用無しだ。と、告げられ、ブチ切れて暴れて、ブラックホールへ。
終わりの無い解析を続けたりとか、電話を待ってるというのは、現実と向き合うことや、人との繋がりを避けている。というか受け身だな。主人公の家が"教会という聖域"であることもそれを表現している。
ここから考えたことは、ちょっとアドラー心理学的な、
「悩んで待ってばかりいるんじゃねぇよ!
"救い"とは自分で行動して自分で決断して創っていくんだよ!!」
ということ。
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つまり、ゼロは死であると同時に、"混沌の出発点、再生の点"でもあるわけだ。主人公は死ではなく"出発点"に行き着いて、最後砂浜で、全裸、つまり"産まれた"ままの姿で立っていたと。
現代人のフヌケた野郎ども!立ち上がれ!!
まぁそんな感じにみえた。。
近未来的な世界観もそんなにグッとはこなかった笑
みたいなね。
テリー・ギリアムまんまな世界観
我々は〜、一人称に無意識にピザを頼むなど徐々に普通の感覚に変化する主人公。
ラストはそんな主人公の逃避の想像上の世界で身を潜める悲しい現実。
映像も刺激があり飽きずに鑑賞出来てゼロの定理などの難しいのは置いといてT・ギリアムの世界を楽しむベシ!!
道具
ググっただけで分かった様な気になったり、宅配ピザが好きだったり、パソコンを前にして尊大になったり、マーケティング至上主義だったり、他者から救われるのを待ってたり。
勘違いしてたけど、私達はやっぱり高度化する資本主義の道具のひとつだったんだ。どうりで、コーエンと同じく虚しいわけです。
人生
ルック◯
シナリオ◯
アクター◯
デプス◯
ラスト◯
オススメ◯
難しい話だった。
人生とはどんなものが幸せなのか考えさせられた。
知らない世界を知ることで生きる意味を知り、「人間は好奇心を失ったら終わり」人間には好奇心が必要だと思った。
何がテーマだったか
ストーリーは純粋な年配の男性が近未来的な街でゲーム感覚の仕事をしながら、日常を監視され、葛藤しながら生きていく、、そんな感じだと思うが この作品を通して感じるものはなんだかよくわからないものだった。
ワン・イズ・ザ・ロンリエスト・ナンバー
『未来世紀ブラジル』『フィッシャー・キング』
『12モンキーズ』の鬼才テリー・ギリアム監督最新作。
いつも考えるのは、ギリアム監督のファンタジー映画は、
ファンタジー映画でありながら、観る者に現実逃避を許さないということ。
果たして本作もそう。
毒々しいほどにポップでカラフルな本作の未来世界は、
自己実現さえもメディアに依存する2010年代と地続きの悪夢的未来だった。
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ハタから見ればまるでTVゲームのような、
何の仕事かも分からない作業に没頭する主人公コーエン。
情報過多社会。監視社会。社会性昆虫的社会。
自分はユニークだ、唯一無二の存在だと思っていたけど、
所詮は大きな組織の目的の為に管理され動かされる、
数十億の働き蜂の中の一匹に過ぎない。
コーエンはそんな不安を抱いている。
ヒロインであるベインスリーと親密になる前、
常に苛立っているように見える彼が唯一
明るい表情を浮かべるのは、黒電話が鳴る瞬間だった。
彼は電話が鳴るのを待っている。
人生の意味が他の誰かから与えられるのを待っている。
自分の中からそれを探し求めようともせずに。
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彼はバーチャルな世界に依存しきっている。
そうしてバーチャルなものに囲まれ続ける内、
現実を信じられなくなる。すべてが嘘に見えてくる。
いや違う。すべてが嘘の方が楽になってくる。
主人公がベインスリーを拒絶する終盤のシーン。
主人公は彼女の言葉が真実だと信じたがっていたと思う。
それどころか、真実だと気付いてさえいたかもしれない。
だけど彼は彼女の涙ながらの懇願を拒絶した。
裏切られるのが怖ければ、最初から信じない方が楽だから。
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映画のラスト、電脳世界に閉じ込められ、
ひとり充たされる日々を送る事となった主人公。
ひとりでいれば、太陽だって彼のもの。
自由にできないものはないし、彼を傷付けるものもなくなった。
きっと彼はあの結末で幸福なのだろう。
けど、言わせてほしい。
あれは本当に残酷なラストだ。
自分はちっぽけな人間だという葛藤を抱えていても、
愛する人に裏切られて傷付くことがあっても、
僕は彼に、現実を生きて欲しかった。
ひとりぼっちは楽だけど、ひとりぼっちは自分がこの世に
存在するかもわからなくなるくらいに寂しいものだから。
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映画で語られる“ゼロの定理”――
世界が無から始まったなら、世界が存在する理由も無い。
よって、この世に存在するもの総てに意味など無い、という論理。
そうなのだろうか?
もしも世界の起源がゼロだとしても、
それで人生の価値もゼロだと言えるのか?
世界の成り立ちからでなく、他人から与えられた物からでもなく 、
自身の心の内から人生の価値を見出だすことは出来ないのか?
0と1の世界の外にこそそれはあると信じたい。
ひたすら孤独に生きる事もひとつの選択肢ではあろうが、
僕自身はそれを『生きる』と呼びたくはない。
<2015.05.16鑑賞>
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余談:
自分はサザンオールスターズの大ファンなのだけど、
(というかサザン以外はほとんど洋楽ばっか聴いてる)
彼らが1997年にリリースした『01MESSENGER 電子狂の詩』
の風刺的歌詞がこの映画にあまりにドンピシャで、鑑賞中に驚いた。
ここで抜粋するのはやめるが、
興味のある方が居られれば、歌詞検索されたし。
20年近く前の曲がハマるなんて、流石サザンだぜッ!(←と全肯定する信者)
オタクを凹ませる気か!?
未来世紀ブラジルの世界観と被る部分があります。が、本作では人間を支配しているのはコンピューターであり、マーケティングであり、過剰な規制です。通りには電光掲示板が多数置かれており、意味不明な広告が垂れ流しされています。
「今なら商品が100%オフです」とか。
公園のベンチの後には、携帯ダメから泳ぐことダメやら多数の禁止標識が置かれています。
これって、なんでもクレームつけてくる人達が増えた結果な未来のような気がします。
クリストフ・ヴァルツが演じるのは、コンピューター技師のコーエン。未来の仕事はまるでテトリスのようにゲーム的、いわば単純作業です。その単調な日々で、コーエンは精神を病んでいきます。
仕事はそのゲーム的なものを使って、「ゼロの定理」を解明すること。劇中何度も「ZERO MUST BE=100%」という機械的な女性の声がします。
このゲーム的なのが仕事で、部屋に閉じ籠もってこつこつやってる姿は、なんだか日本のオタクを揶揄しているように思えて微かに凹む。
またゼロ=単調な価値のない仕事を、100%の価値あるものにしなくちゃ。と理解したのですが、なんだかそこは、つまんない仕事でも家族の為に頑張ってるサラリーマンのパパ的にも思え、そんなパパがアダルトサイトの女の子とバーチャルの海岸でいいことしようとする姿とか、ちょっと諸々考えさせられてやっぱり凹む。
いつもブラックホール(虚無)を抱えて生きてきたコーエンが、愛を知るあのラストはハッピーエンドなのか、どうなのか。
この時流れるのがRadiohead-Creepです。歌詞がかなり卑屈というか、やはりオタク臭がする。
この歌、天使のような彼女に恋をした僕が、特別な存在になることを夢見る、厨二的な歌詞なのです。"でも僕はキモい男だから。どうしようもない男だから"って続く。
かなり泣ける曲なんです。
なんだかんだ言って、小難しいメタファーとか多用してるけど、テリー・ギリアム監督が描きたかったのは、この「Creep」の世界なのかもしれません。
派遣でパソコンいじってる人の日常
転職活動中の身として中々考えさせらせる映画だった。
ネット社会への皮肉はあるものの、それだけでは語れないと思う。
ゲームのコントローラーで仕事、腹減ったら宅配ピザ、女から逆ナン、ネットでsex、救いを待つetc
それだけじゃダメだなって思った。
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