「いまを生きる」アリスのままで 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
いまを生きる
ジュリアン・ムーアが若年性アルツハイマーと診断された女性言語学者を演じ、5度目のノミネートにして遂にアカデミー賞を受賞した話題作。
ズバリ、秀作。
難病を題材にしているが、それほど重苦しくならず、湿っぽくならず。
症状が進行するにつれ記憶が失われていく恐怖、苦悩や葛藤を滲ませつつ、夫婦愛、親子愛など支える家族との関係もそつなく。
中盤のスピーチはグッときた。
じんわりと染み入り、スッと作品世界に入っていける、非常に見易い作りだった。
それにしても、もし自分だったら?…と思うと恐ろしい。
普段の生活でも、ちょっとあの名前とかこの名前とか忘れる事はよくあるけど(特に最近昔と比べて映画のタイトルや俳優の名前がパッと出なくなった)、それがただの物忘れなのかアルツハイマーなのかなんて自分でも分からない。
記憶がポロポロ抜け落ちていって、忘れた事も忘れてしまう。
良い事も悪い事も含め、自分の人生の積み重ねが消えていく。
自分が自分じゃなくなった時、どうすれば…。
ずっとそんな事を考えながら見ていて、決して他人事じゃない身につまされる思いだった。
オスカー受賞も納得のジュリアン・ムーアの名演。
序盤の自信に満ち溢れた雰囲気から一転、症状が進行した中盤から終盤の不安定な表情、仕草、佇まいはまるで別人!
アルツハイマーのリアルを体現。
夫アレック・ボールドウィン、次女クリステン・スチュワートらも好演。
特にクリステン・スチュワートは、“ヴァンパイアの恋人”から大きくキャリアをステップアップさせた。
アルツハイマーを題材にした映画と言うと以前にも渡辺謙主演で「明日の記憶」があり、特別珍しいものでもない。
なのに何故今作はこんなに魅せられたのか。
それはきっと、筋萎縮性側索硬化症という難病を患いながらも撮影し、映画完成後亡くなった監督リチャード・グラツァーのメッセージが込められているから。
劇中、アリスは記憶が無くなる前に、記憶を失った自分へあるビデオメッセージをパソコンに保存する。
記憶を失ったアリスは、それが何の為に残されたものか覚えておらず、メッセージのまま実行しようとする。が…
難病もしくは辛く苦しい境遇でも、自分で自分を絶ち切ろうとするのは余りにも哀しすぎる。
限られた時間を精一杯生きよ、と。