「アイドゥンに足りなかったもの」雪の轍 つとみさんの映画レビュー(感想・評価)
アイドゥンに足りなかったもの
主人公アイドゥンは世間的には成功者だ。ホテルのオーナーをして、寄付ができるほど金銭的に余裕もある。
しかしこれらは父親から受け継いだものであり、アイドゥン自身は何もしていないのである。
俳優としても大成することなく、おそらく父親の死によって故郷に戻り今の立場を得た。
自分でなし得たことではないから実はアイドゥンには自信がない。
自信がないのに成功者であるから厄介だ。
中途半端に成功者としてのプライドはあるため、素直になるどころか、相手を腐す。何かを成そうとしている人に対して妬む。
お前のやろうとしていることはくだらない。失敗する。と、子どものようだ。
地元で褒められることを喜んでいるものの、成功者であるアイドゥンに媚びているだけかもしれないことも分かっている。
地元新聞のコラムを、全国紙に寄稿するような度胸もない。地元の成功者という箔が失われこき下ろされるかもしれないからだ。
とにかく自信がないのである。
宿泊客の紀行文を書くというバイカーに、自分も文章を書いている。長いやつ。トルコ演劇史だ。と大嘘をつく。
他人を気にせず、自分のやりたいように生きるバイカーに対して嘘でマウントを取ろうとする矮小さ。やはり子どものようだ。
自分が出来なかったことを周りの人間はやろうとしている。
それを邪魔するのではなく、アイドゥン自身も始めればいい。たったそれだけがアイドゥンに必要なことだ。
しかしそれが出来ない。なぜならアイドゥンには成功体験がなく自信がないから。
自己肯定感が低い惨めな子どもなのである。
エンディング間際、アイドゥンはウサギを狩る。
作中でアイドゥンがたった一人でなし得たことだ。
自分一人の力でウサギを狩った。アイドゥンに足りなかったのは、こんな些細な成功体験であった。
妻ニハルの視線は変わらない。しかしそれを気にすることなく書き始める。トルコ演劇史を。
プライドだけが高い面倒臭い男がやっと自分の道を歩み始めた。