「意欲作」人間 ningen ブレイブさんの映画レビュー(感想・評価)
意欲作
トルコとフランスの監督が本職の俳優を使わずに、日本の神話や伝説と現代社会の問題を絡めて料理した意欲作。
しかも、日本の神話や伝説は海外のそれをなぞらえています。
狐と狸の賭け事は北風と太陽の寓話、黄泉平坂はオルフェウスとエウリディケといった具合です。
狐と狸がとある賭けをして人間に化けて人間社会で暮らして数十年後、不況など現代社会の荒波に自分を見失った狸の吉野は、メンタルクリニックで知り合った友達の鮎川さんや絵本を作る姉妹達との交流を経て自分を取り戻すが、彼は自分の大切なものを失っていた事に気付き、それを取り戻す為に黄泉国まで探しに行くのだが…
といった内容です。
特筆すべきは、この映画が作品内で進化を遂げているという事でしょう。
特に吉野の妻である和島さんの演技は目を見張る位に成長しています。
初登場の場面では、失礼を承知で言わせてもらえば学芸会レベルなのですが、ラストシーンの「愛しています」の台詞と表情はベテラン女優と見紛う程役に溶け込んでいました。
これはおそらく、正規の俳優を使わない事で計算外の力、効果が生じる事を狙った監督の目論見が当たったものでは無いでしょうか?
物語中盤で鮎川さんが、大切な人に会いに黄泉の国へ行く事を匂わせて行方をくらますのですが、吉野が彼女の手紙を屋上で発見した時、建物の奥から1羽の鳶が舞い上がるんです。
それがあまりにも絶妙なタイミングでしたので、まるで鮎川さんの魂が鳶になって黄泉の国へ旅立ったように見えました。
その点が気になったので、上映後のトークショーで監督に狙って撮ったのか訊いたところ、仕込みではなく偶然撮れたものだとの事でした。
つまり、ここでも『計算外の力』が働いたんですね。
そして、その計算外の効果を見逃さず作品に取り込むのが、この監督の持ち味なのでしょうね。
こういった計算街の力を活かした映画は今後どんどん減っていくのかも知れません。
何故なら、これから増え続けるであろうVFX、CGと云ったものは計算の結晶とも言うべきものだからです。
そういった意味でこの映画は、敢えて時代に逆らう事で進化を目指す意欲作と言うべきものなのでしょう。