「大人のための御伽噺」LIFE! 落ち穂さんの映画レビュー(感想・評価)
大人のための御伽噺
デスクワークの日々を妄想という現実逃避で費やしてきた中年男が、突然、勤務先買収によりリストラの憂き目に遭う。
普通の中年なら、自分や家族の食い扶持のため、次の職場探しに奔走するだろう。だが、彼は違った。廃刊となる雑誌の最終刊の表紙を飾る写真を探すために、世界各国の秘境を駆けずりまわるのだ。
その行く先々の風景の美しいこと!
非現実的なまでに、清々しく美しい世界!
現実なら、絶望的なまでの再就職活動に傷心しつつ見上げるのは、清廉な山々などではなく、生ぬるい空と拒絶するような灰色のビル群くらいしかないだろう。
あぁ、でも、この映画のように、そんなときに胸一杯澄んだ空気を吸い込めたら…!
…そう、これは願い。生きていくために現実的な行動を取らざるを得ない、極々普通の人々のための逃避映像なのではないだろうか?
彼が巡る世界が美しければ美しいほど、それはどんどん現実味が薄れていく。
その御伽噺の果てに、ようやく見つけた上司に言われる。「探し物は君の財布の中だ」と。
答えは既に自分の中にあったというわけだ。
しかし、彼は自分のことより「なぜ、フィルムを大切に扱ってくれないんです?!」と嘆く。
フィルムを探して世界中を駆け巡った苦労がただの徒労だったということより、フィルムの保管状態が良くないという事実のほうがはるかに重かったのだ。そんな企業の末端の人たち一人一人の誇りある仕事への自負心を、誰が嘲ることができよう?
まぁ観客はこの時点で、表紙を飾る写真がどんなものであるかは、想像がついてしまうわけだが、主人公は、写真がどんなものであるかをあえて確認もせずに会社に渡す。
もう既に未来へと歩む準備のできてしまっている彼には、その写真の内容の答えは必要ないから。
倒産の憂き目にあった一従業員の人たちに観てもらいたい作品。