「テーマが分かれば記憶に残り続ける」悪の法則 LRさんの映画レビュー(感想・評価)
テーマが分かれば記憶に残り続ける
この映画は人間ドラマでは無く、人間と世界の関係を描いた映画だ。だから登場人物に共感しようと思ったりうまく納得の出来る因果関係に置き換えて考えようとしてもあまり意味が無い。
この映画はたぶん多くの人にとってとても難解に感じると思う。その理由は幾つかあって、1つはストーリーでは無くテーマをを描いている映画だからだ。しかも心理描写は殆ど無く事実だけを切り取って構成されている。20億円クラスの麻薬取引の物語でありながらその取引内容には意味が無い。また登場人物の不用なバックボーンは一切が端折られている。例えば弁護士が非合法な世界へ踏み出した動機が曖昧なのはそれに意味が無く、違う世界へ足を踏み入れた事が重要だからだ。反対に語られるセリフやシーンには全てそれ以上の意味がある。
もう一つはコーマック・マック-シーの全著作を知らなければ本当のテーマを知るのは難しいということだ。マッカーシー作品に通奏低音としてある、絶対悪、善悪とは無関係の死、野生、価値観の違う世界への越境、そして人間の善性等を知った上で観ない限りこの映画から本当の意味を見いだすことは困難だ。また見いだしたとしても解釈は1つでは無い。
コーマック・マッカーシーがノーベル文学賞候補に挙がるくらい評価が高いのは、人間と世界の根本にある深い問題をただの出来事を通して描くからだ。だから読み手はそれを読み解く知識が必要だ。本であればある程度の前提を知っている人しか手に取らないだろうが映画は違う。リドリースコットのハリウッドスターが大挙して出演するノワールという前提で楽しむつもりであれば面食らうだろう。そしてそれは観客のせいじゃない。そこのミスマッチはおそらくこの映画を思った以上の低評価にしてしまうだろう。
ただこの映画を観た後に意味は分からずとも不思議な何かを感じたなら是非脚本をはじめとしたマッカーシーの著作を読んでみることをお勧めする。