「吉田監督が母に捧げた懺悔的作品」麦子さんと 流山の小地蔵さんの映画レビュー(感想・評価)
吉田監督が母に捧げた懺悔的作品
吉田恵輔監督の前作「ばしゃ馬さんとビッグマウス」に続いて夢を追いかけるヒロインを主人公にしながら、単純ではない母と娘の関係を描き出してみせた作品。男女の関係を見つめてきたこれまでの作品にくらべるとゆるやかで温かな空気が満ちていて吉田監督にらしからぬハートウォームな仕上がりに戸惑う人もいるかもしれません。いつものぴりっと張り詰めた感情の応酬も、早々に切り上げて、俳優陣がすべて“いい人”オーラを放出。ぬるま湯のようで、居心地がよくもあるけど、じゃあそれで何が言いたいのか、突っ込みたくなるところはあります。
ただそんな感傷的な作品にも訳があって、撮影に入る2週間ほど前に、監督自身の母親が亡くなったという事情も、影響しているだと思います。ひょっとして本作は監督自身の親不孝を懺悔するための作品だったのかもしれません。
とにかく吉田監督作品は、「さんかく」で際だって描写されているように、痛々しいほどグロテスクな人間関係が特徴。この作品もご多分にもれず、前半の母親を実の子供たちが散々になじる場面では、散々に心が痛くなるまで徹底しています。何しろ実の母親に向かって死ねといって追い返すわけですから、残酷なほどトゲだらけ。でもそれが激しければ激しいほど、主人公の娘が母親の別な一面を見いだす後半は、その厳しさが深い味わいを返してくれることになるのです。
加えて吉田監督は、一つの場面が終わりきらないうちにブツッと切って次の場面に移ることが多いのです。問答無用の場面転換は、感傷に流されすぎず、ドライな映像とテンポのよさを感じさせます。でも本作のラストで『赤いスイートピー』のテーマソングが流れるシーンだけは異様に長い長回しで、監督自身が凄い感傷に浸っている感じがしました。
主人公はアニメ好きで、アルバイトをしながら声優を目指す麦子。父を3年前に亡くし、母は幼いころ離婚し家を出てしまっため、どんな人物だっかすら記憶はなかったのでした。兄の憲男と2人で暮らしていましたが、姿を消していた母親の彩子が突然現れて同居をせがむのです。
最初は、憲男も麦子も抵抗するものの、憲男がずっと生活費の仕送りを、彩子から麦子に内緒で受けていたことがバレて、止むを得ず一緒に生活することに。でも彩子の厚かましさとガサツさには、麦子は我慢なりませんでした。部屋の本を捨てたり、郵便物を無断で開けたり。何よりも自分たちを捨てたくせに、いっちょ前に母親づらして、口やかましく干渉してくることが許せなかったのです。そのため、ついつい冷たい言葉を彩子に投げかけてしまうのでした。
ところが、彩子は子供たちに隠していたことがありました。それは末期のガン。麦子たちに冷たく突き放されたまま、彩子は急死してしまいます。ショックを抱えたまま麦子は、納骨のため母の故郷を訪れます。降りた駅で拾ったタクシー運転手の井本から、若い頃の彩子が戻ってきたと勘違いされるほど、彩子とうり二つで似ていると指摘されるのです。
井本は霊園に勤める彩子の元友人だったミチルら親切な町の人を次々に紹介。町の人達から口々に、彩子が町のアイドル的存在だったことを知る。なかでも井本は彩子の熱心なファンだったというのです。あんなに嫌っていた母親が、若い頃はこんなに街の人から好かれたいたことが、麦子にとって意外でした。彩子の埋葬書類の不備が見つかり、しばらくその町に滞在することに。麦子は少しずつ、母親の過去をたどるのでした。
前半の室内劇と打って変わり、後半は、開放的な田舎町の風景がたっぷりと描かれます。複雑に揺れる麦子の感情を、手持ちカメラが鮮やかにとらえていきます。
母の作った同じレシピのおいしい混ぜご飯を独り食べるとき、母の親友だったミチルの案内で町を歩きながら昔話を聞くとき、旅館の青年と訪れた夏祭りの夜に不意に母の面影を感じたとき…。
その中で、アイドル歌手を目指していた母親の光り輝く青春が、声優を目指している麦子と重なっていくのです。漠然としか考えていなかった将来の目標が、麦子のためにと残してくれた彩子の貯金のおかげで、手が届く未来へと変わっていく結末。それは夢半ばで挫折した彩子が、娘に託した夢を叶えてねという無言のメッセージにも思えました。
本作には随所にシンメトリーな対比が用いられて、吉田監督の描きたいテーマを浮き彫りにしています。
「田舎と都会」、「過去と現在」、「反感と共感」。特に前半のシークエンスを後半でひっくり返していく振り幅の大きさがドラマを生んでいると思います。
主演の堀北真希は、麦子をクールに演じて、実の母親の彩子に対しても、一切甘えを見せない無表情さで、固さを感じてしまいました。それは決して長澤まさみのような大根(^^ゞという意味ではなくて、現代の若者らしいリアルティを感じさせてくれるものでした。故郷の町に入ってから麦子の表情が和らいでいく自然な演技は、すごく役にはまっていて、彼女のベストな演技として長く記憶される作品となることでしょう。
余談ですが、麦子がレンタルDVDショップでアルバイトしていたため、お勧めのアニメとして紹介される劇中アニメが本気すぎる出来映えということも付け加えておきます。 タイトルは『今ドキッ同級生』。吉田監督のアニメ好きが高じて、アニメーション制作を大手ProductionI.Gに依頼し、『劇場版ツバサ・クロニクル 鳥カゴの国の姫君』などを手がける川崎逸朗氏が演出を担当したそうです。
『今ドキッ同級生』は、主人公の女の子がヴァーチャル世界で科学の力を使ってバトルを繰り広げる物語で、すぐにテレビシリーズ全26話を始められるくらいプロットが固まっているとのことで、スピンオフされることが楽しみですね。