劇場公開日 2013年12月21日

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麦子さんと : インタビュー

2013年12月19日更新
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堀北真希&吉田恵輔監督「麦子さんと」で見つめ直した家族のありかた

吉田恵輔監督が本作の構想を練り始めたのは約8年前のこと。2005~06年といえば、堀北真希はまだ10代半ばでドラマ「野ブタ。をプロデュース」が話題を呼んだ頃だ。当時は「完成した映画とは全く違う物語だった」そうで、まだ堀北の存在は頭の片隅にもなかった。だが数年を経て改稿を重ねる中で、吉田の頭の中で堀北がヒロイン麦子として動き始める。紆余曲折を経て、やがてそのイメージは現実のものとなり、堀北を主演に迎えた「麦子さんと」が完成した。(取材・文・写真/黒豆直樹)

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麦子と兄が暮らす部屋に、かつて家庭を捨てた母が転がり込んでくる。麦子はわだかまりを捨てることができずにいたが、その矢先、母はあっけなく病で帰らぬ人となってしまう。やり切れぬ思いを抱えたまま、麦子は納骨のために母の故郷を訪ねる。堀北が演じる麦子は、若い頃の母・彩子とうり二つという設定で、かつての彩子を知る故郷の村の人々は麦子の顔を見て驚くのだが、吉田の頭の中に堀北のイメージが浮かんだのは、麦子ではなく若き日の彩子としてだった。

「3年くらい前には今の物語に近い形になってきていたんですが、堀北さんの写真集『ひこうきぐも』を見たんですよ。堀北さんはいまよりずっと若いんですが、その透明感が、村の人が忘れられずにいるお母さんのイメージとぴったり合っていた。みんなが頭の中で美化しているからこその透明感というのかな。設定で言えば、写真集の堀北さんは若すぎるんだけど(笑)。でも、その時のショックが大きかったんですよ」。

一方の堀北は、半ばあて書きという形で描かれた麦子像に少なからず驚きを覚えたという。「あて書きと聞いた時はびっくりしましたね。読んでみて、あまり私のイメージとは重ならない気がしたんです。年齢的にも麦子はもう少し若いようにも感じて。意外というほどではないけど、私がやるとちょっと違うんじゃないかなと思っていました」。

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クランクインを前に2人は顔を合わす機会を設ける。疑問や意見をぶつけ、“家族”に対する思いや距離感の違いを埋めていった。吉田監督はその時の話し合いについてこう語る。「麦子の人物像や物語には、僕自身の親との関係が投影されている部分が多いので、その辺の話をしました。堀北さんはご両親とも仲が良く、何でも話せる関係だということをうかがいましたが、僕は親が何者なのかがいまだによく分かってない(苦笑)。話しながら互いのギャップを埋めていきました」。

「周りを見ても麦子と母親のような関係の人は見当たらず、最初はイメージがわかなかった」という堀北だったが、監督の話を元に少しずつ役に近づいていった。「もちろん、両親と仲が良いと言っても、思い返せば私にも少なからず反抗期と呼べる時期はありました。麦子の場合は、小さい頃のお母さんとの記憶がないから、思春期に出るはずの反発心とかがいまになって表れているんですよね。だから、自分が親と仲良くできなかった時期を一生懸命思い出しながら(笑)、反映させていきました」。

ちなみに、2人が役どころについて話し合ったのはこの1度だけ。クランクイン後も「ほとんど役について何か言われたことがなく、雑談ばかり(笑)」(堀北)だったという。これは吉田作品の現場について、多くの俳優陣が漏らす感想でもある。吉田監督いわく「違ったら言うけど、良いものに何も言うことはない」。それは吉田の映画作りの哲学であり、同時に楽しみでもある。

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「さっき言ったギャップがあったから、現場であれこれ言うことになるかな? と思っていたんです。でも入ってみたら初日から『あれ? もう麦子だ』という感じでした。こっちのイメージと近いときもあれば『え? そっちなの?』という場合もあるんだけど、案外『そっちもいいね』となっちゃう。役者に限らず、美術も衣裳も『こういうのがいい』と言うと、みんな、当然ながらそれをやってくれるでしょ? でもそれじゃつまらないし、広がらない。思ったよりも良いものが来たら、儲かった気分になれるしね(笑)。その中での監督の仕事? 選択することですね」。

では、その中で発見した女優・堀北真希の魅力は。そう尋ねると「身近な存在感かな?」という答えが返ってきた。「他の出演作品を見ると華があって、画面やスクリーンの“向こう側”というオーラを感じていたんだけど、実は今回のようなどこにでもいる普通の女の子というのを、ちょっとした細かい芝居で表現できるんですよね。わずかな表情の違いで見え方が全く違うんです。美しい瞬間もあれば、かわいいと感じる横顔を見せたり、大きなことをしていないのに振れ幅の大きさを持っているなと感じました」。

堀北の完成した作品を見ての感想は、オリジナル脚本で良作を作り続ける吉田監督の魅力の“核心”を鋭く突いている。「見ながら情報処理が忙しいんです。物語自体が難しいわけじゃないのに、感情や雰囲気をどう受け止めたらいいんだろう、と考えさせられちゃう。いまどきの映画やドラマって、わりと丁寧で説明も設定も分かりやすいし、伝えたいことがハッキリしているものが多い。そんな中で『いまのって面白いとこなのかな? うん、面白いとこだよね』と情報処理している感じ(笑)。そんな中で麦子が感情をあふれさせた時には、見ながら同じようにこちらの心から出てくるものがありましたね」。

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2012年のNHK連続テレビ小説「梅ちゃん先生」を終え、映画「県庁おもてなし課」を経て、13年の年明けとともに本作の撮影を迎えた。朝ドラや大河ドラマを経験すると、少し時間を置いてから得たものを実感すると聞くが、堀北の中で成長や違いを感じる部分はあったのだろうか。「朝ドラがあったからというだけではないですが、『もう甘えていられるところにはいないんだな』というのは感じます。自分としては未熟さを感じることは常にあるし、失敗することもあるけど、いつの間にか25歳ですからね(笑)。後輩も増えて、出来て当たり前、ちゃんとしていて当然というところに突入したのかなと思います」。

麦子は母を失ってから、彼女の過去を知り、家族のつながりに初めて気づくが、映画を見ていると実は序盤の段階、短いながらも母(余貴美子)、兄(松田龍平)とのシーンでの3人のやり取りで、どんなに離れていても彼らが家族であることをしっかりと伝えてくる。どんなシーンかは劇場で確かめてもらいたいが、堀北は「結局、似た者同士なんですよ」と語りつつ、この日一番の笑顔を浮かべ、自らの家族について語ってくれた。

「家族ってみんな集まったら、どこもそんな感じじゃないですか? バラバラなのになぜか一体感があるというか。こないだ家に帰って思いました。うちの家族も、みんな同時にぶわーって話すんですよ。誰も他の人の話を聞いていないんです(笑)」。

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