「終活」25年目の弦楽四重奏 きりんさんの映画レビュー(感想・評価)
終活
終活。
自分への幕引きと、後進への伝達。
両親と、その両親の仲人役の老チェリスト、そしてエキセントリックな独身男。
ほぼこのメンバーだけで進む四重奏団 +娘の日記です。
【メンバーチェンジの悲哀】
一人がパーキンソンで脱退する。その突然の事態によって、ハーモニーも人間関係もボロボロになる様が映画の全容。
メンバーそれぞれのうろたえが、投げやりではなく、引き裂かれる者たちのそれぞれの思いと痛みの共有のステージとして見事に描かれていました。
そういえば、
毎年ドラフト会議で高校生ルーキーがプロの球団に入って行きますよね。
あの光景を見ていると、華々しく入団する若者の影で紛れもなく押し出されて去っていく選手が同数いるはずなのだと、自分が歳をとって気が付きました。
バンドのメンバー交代劇しかり、脱退と再編成を繰り返してバンドは歴史を紡ぎます。
オーケストラ団員にも、定年に至らずとも「全体の意向にそぐわない」という理由や、演奏技量の低下に依る身内からの肩たたきはあるはず。
スーちゃんは外されてミキちゃんがセンターに。
全世界の悲鳴の中 解散したのはビートルズ。
室内楽の場合はどうなのだろう?
音楽家の引き際は誰かが決めてくれる?
「定年制」でなくて力が尽きたとき引退・肩たたきが決まるのか。
・・本人が一番辛い決断をするわけで、本当にこれは残酷な瞬間です。
【ベートーベン】
チェリストピーターの人生に重ねて、死の半年前に書かれたというベートーベンの#131が全編に流れます。
この曲を聴きながらの臨終を望んたシューベルトのエピソードも劇中語られます。
そしてもう一つ気がつくのは、このベートーベンの冒頭のレントのフーガは紛れもなく最晩年のバッハの残した「フーガの技法」へのオマージュであろうこと。
世を去った恩師パブロ・カザルスの教えも老翁ピーターから学生たちにしっかりと伝えられました。
・・かくして、自らの終わりを見つめつつ“譲り葉”として後進に音楽を託していく彼ら。音楽家としての生の全うと、彼らのプライドを見させてもらいました。
見どころ、聴きどころの充満した映画でした。
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LPをかけるピーター、悲しみにくれる目の光が絶品。
私に残された幸せよ
戻っておくれ愛するひとよ
木立の中に夜が沈み
光り輝く君が私を照らす
不安で高鳴るふたりの心
されど希望が天高く舞い上がる
メゾソプラノのアンネ・ゾフィー・フォン・オッター本人が、ミリアム役で、コルンゴルトの『死の都』の最も有名なアリア「マリエッタの歌」を滔々と歌います。
⇒第一大戦が終わって、傷つき荒廃したヨーロッパで人びとの心奥に受け入れられたオペラです。
亡き妻のレコードを聴く傷心のピーター。あの悲しみと失意の表情は、幾度録画を再生しても僕の頬を濡らしました。
ピーターの手にアレクサンドラが手を重ねて、柔らかい笑顔で師を労ったのが慰めでしたね。
「譲り葉」となった教師と、中堅の親世代のジレンマ。そして次代を担う教え子に至る、芸術を伝達するドラマ。
いい映画でした。
ああいう講義を、僕も受けてみたい。
中・高と吹奏楽部、その後は孤独なパイプオルガン弾きの きりんのレポートでした。
(3回鑑賞)