言の葉の庭のレビュー・感想・評価
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SFでもファンタジーでもないありそうでなさそうな思春期ショートストーリー
高校1年生のタカオは、登校時に雨が降ると新宿駅南口から徒歩で新宿御苑に行き、日本庭園の屋根の下でスケッチを描くのが日課。梅雨入りしたある日タカオがいつもの場所に行くと先客が。その女性にふとどこかで会ったような気がしたタカオは声をかけると、一旦は「いいえ」と答えた彼女だったが、「鳴る神の 少し響みてさし曇り・・・」と知らない短歌を呟いてその場を立ち去る・・・思い切りベタなファンタジーに舵を切った新海監督の前作『星を追う子ども』の次は、SFでもファンタジーでもないありそうでなさそうな思春期ショートストーリー。
雨雲に覆われた新宿に隣接する異空間、新宿御苑で雨の朝にだけ成就する逢瀬で少しずつ心を通わせる二人がそれぞれに悩みを抱えながらも前に踏み出そうとする姿を静かに見つめる物語に寄り添う雨音は、タカオが異空間の外で起こっていた事件を知ったことで足音を荒げる。シズル感に満ちた風景の中で主題歌に誘われて訪れる静かな結末がしっとりと胸に沁みわたる実に切なくて美しい小品でした。
雨の切なさ≒恋の儚さ
新海誠の作品は相変わらず男女の絶妙な距離感の描き方が巧み。
詩的な台詞も、雑多に溢れているライトノベルの稚拙な臭い言い回しとは一線を画しており情緒を感じられる。
雪野と秋月は何回か会う内に、雨の日が恋しくなりお互いにもどかしい日々を過ごしていた。しかし、その理由はお互い違っていた。
雪野は秋月と会話することにより病状が良くなったがそこに恋愛感情はなく、気晴らし程度の存在であった。(年の差や師弟ということも関係してると思われるが)
対する秋月は、雪野のことをよく知らないといいつつも恋愛感情を抱き思わせぶりな態度を取ったと勘違いする辺りに男女の違いが表れていると読み取れた。ただ、雪野に一切の恋愛感情がないという訳ではなさそうなのでいつか結ばれることを願うばかりである。
秒速五センチメートルとは違い「いつか遠くまで歩けるようになったら会いに行こう」
と、前向きに締めくくられており自分の中で美しい物語という位置付けになった。
秋月 孝雄(あきづき たかお):主人公
雪野 百香里(ゆきの ゆかり):ヒロイン
文学的なトーン
社会的な課題に悩む男女が関りあいながら、同時に自身と向き合い、成長しようとする話。
靴デザイナーという困難な将来を志す、ややしっかり者の高校生が男主人公。自分の夢の実現に自信を持てないまま、靴の勉強を続けており、家庭事情や学校生活といった、自分を拘束し努力を妨げるものにやや嫌気がさしている。
一方、女主人公は後に明らかになる通り、いじめにあって仕事に行けないでいる教師。両者は、雨の日の公園で会ううちに惹かれあう。
二人はその交わりの中で次第に自己を自覚し、それぞれの道を歩んでいく決意をする。
全体に、文学的なトーンが漂っている。短歌を詠うシーンがあるからというだけでなく、全体の演出のアイデアが文学的に発想されているように思えた。つまり、色彩や構図よりも映り込んだモチーフの持つ文化的意味や言語的に連想される意味が、豊かな情報を持っているような表現に見えた。
時間、季節の進行とストーリーが密にリンクしており、とりわけ各季節の雨の違いを物語の変化と合わせて取り入れているあたりが分かり易い。ほかにも、植物や鳥などといったモチーフに季節の変化を、公園という場所は現実と隔離された空間として機能する等、様々に意味を込めている。
言葉を使ったストーリーの見せ方も絵と同等に大きい。二人の主人公の違いや共通点をナレーションの文の構造で上手く対比を作って見せたり、その他様々な言葉の関連性などで、二人の心境やストーリーの変化を引き立てていく。
二人の人物に焦点を当てるため、対比を意識した脚本や構図が目立つ。男主人公の靴好きは、靴を介した演出に結び付く。特に、仕事に行けない女の状況を、「歩けなくなった」と表現するのは顕著で、靴を作れるようになろうとする男が、彼女に変化をもたらすものであることが仄めかされる。
一方で男からみると女は最初、憧れの大人社会からの使者で、謎めいているが魅力的なものとして映る。大人社会の謎めきは異性の謎めきともリンクしており、女の足を採寸するシーンは、自分の理想の職業への接近であるとともに、異性への接近であり、二人の関係が同時に変化する象徴的なシーンである。(実際にはそのワンシーンのみでの急激な変化はないが。)このシーンはこの映画の一つの見せ場であり、手と足、それに伴う二人の姿勢や位置関係等で味わいを出しながら、繊細に、また官能的にも見えるように描かれている。
二人にとって互いの関係が近づくことは、それぞれにとっての課題解決へと向かうことであり、課題から逃げた結果行きついた場所の雨の公園は、俗世から離れ自分と向き合うヒーリングの空間であって、各自の課題解決のために必要な逃避だったのだと分かる。
絵の魅力としては、幻想的な色彩の描写ももちろんいいが、かえって現実にある物を見せられた時にちょっと驚く。実際にある場所を使っていたり、広告、主人公を迷惑そうに見る通勤途中のおじさん、工事中のエレベーター、授業後の黒板など、既視感のあるものがこの画風の世界に現れる事で、あれっと目を引く。
この作品においては、周辺環境の全ては、二人の男女の関係の変化を強調・説明する舞台装置であり、重心は常に人物に置かれている。
何よりも一番好きな作品
ふれれば壊れてしまいそうなほど繊細な雪野先生と、
高校生にしては大人びていて周りの同級生とは少し違う空気をまとう孝雄。
大きく言えば恋愛モノですが、
二人の感情があまりに繊細で現実的なため、
恋愛模様というよりは人間の脆さをすごく感じる作品でした。
「人間なんてみんなどっかちょっとずつおかしいんだから」
「そうかな」
「そうよ」
「私ね、うまく歩けなくなっちゃったの、いつの間にか」
「仕事のこと?」
「うん、色々」
この会話のテンポというか、絶妙な距離感が本当に好き。
この少ない言葉にどれだけの思いが詰まってるか。
なにより言葉が丁度いい。言葉のチョイスもそうだし、無駄がなく説明じみてないセリフがとても心地よい。
小説を読むとより一層この会話の重みがわかります。
それに、「言の葉の庭」というタイトル。
これ以上ないですよ。
言葉の響きも内容とのマッチングも。
一晩中語りあかせるくらい、ここには書ききれないくらい、本当に大好きで大切な作品です。
出会うのがもっと後になっていたら人生変わってました。
頑張れ靴職人!
靴職人なんて聞くと、すぐにあのアカデミー賞俳優が浮かんで
しまう映画マニアにとってこんな職業を15歳の青年が選ぶかと
思いきや、この主人公孝雄には所謂子供っぽさがみじんもない。
むしろ27歳という設定の雪野の方がめっぽう子供っぽく見える。
それもそのはず孝雄には生活がまんべんなく圧し掛かっていた。
彼が作るお弁当のこれまた美味しそうなこと!こんな15歳なら
私だって欲しいわ(息子に♪)と思ったくらいだ。雨の日の庭園
で出逢った二人は互いの素性を明かさずに逢瀬を続けていくが
青年の年上の女性への憧れが好意に変わり始めた瞬間、彼女の
正体が意外なところで判明し、あーそういうことがあったのと
随分辛い気持ちになった。好きな職業に就きたくて頑張る青年
に対し、好きな職業に就いているのに挫折し苦しんでいる女性。
これまた15歳とは思えない労わりや愛情表現が彼から発せられ
た時、雪野が居た堪れなくなった気持ちは私にもわかる。好き
だという気持ちに忠実な高校生(マクロン氏じゃあるまいし)の
真直ぐな思いに応えられる自分であるかどうか。立場の違いに
苦しむことも目に見えてるよな…とまたこの監督お得意の終焉
まで暗い気持ちでいたのだが、今作にはほのかな未来が見える。
雨の形
すべてがきれいで…
すべてきれいすぎて、ついつい現実的なことばかり考えてしまう自分には向かないのかもしれない。
学校行きなさいよ、朝からビールなんてアル中か?目を会わさないように向こうに座ろうとか…
きっと私みたいな中年に差し掛かった心の薄汚れた者には眩しすぎたのかもしれない。
もっと若いとき、高校生くらいでみたら絶対感想は違ってたと思う。
が、万葉集のくだりはよかった。
そこはよかった。
私自身、20代の時、高校生とある出会いがあり、それを思い出した。
あんなにきれいなものではなかったが…
やはり声優がやったほうがいいですね。
最近は声優以外の方がされますが、プロの声優さんはいいですね。
こんなラストもありかも
美しさ
19本目。映像が綺麗。
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