言の葉の庭のレビュー・感想・評価
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雨の匂いがしてくる映画
やっぱり凄い👍
衝撃と感動
最初で映像の綺麗さに衝撃を受けました。
雨や、植物の描き方がとにかく美しかったです。
ストーリーも1時間の尺ですがしっかりと2人の心情を描いていて素晴らしかったです。
2人の掛け合いは笑いもあるし、2人の距離が段々と縮まっていく感じの描き方がとても自然で観ていくと自然と感情移入できました。
そして終盤の展開は声優さんの演技力も相まって涙なしには観ていられません。
映像が美しい。
大人(社会人)の弱さを鮮やかに表現
大人になるということ
この作品にあった水や風景の美しさは、ずっとそのまま新しい作品に受け継がれていくのだろう。
特に、雨という鬱陶しいもののおかげで表情を、動きを見せる誰かがいるという考えは、監督の心の奥底にあるロマンを掻き立てるモチーフなのかもしれない。
この物語は背景であるタイトルに示されるように、万葉集の一句から派生している。
この作品から監督は、男女それぞれの背景となるものを、それぞれのナレーションを通して語るという手法を取ったのだろうか?
主人公のナレーションが先行する。
秒速5センチメートルでは、手紙がナレーションの役目をしていた。
雲の向こう、約束の場所もナレーションはあったが、どちらかと言えば複雑なストーリー展開で面白さを描いていたように思った。
さて、
この作品でも登場するのが「距離」という問題
そしてこの物語にある「壁」の根幹が歳の差という体裁上の理由
それを純真な気持ちで見ようとしたタカオ
年齢の差とまだ子供であることの歯がゆさゆえに、なおさら気合が入る靴職人への道
父のことは描かれていないが、若干複雑である家庭環境が彼を早く大人にさせようとしているのだろう。
彼が雨の日に学校をさぼるのは、少しでも靴職人の勉強をする時間を作りたかったからだろう。
新宿御苑で出会った二人 タカオはいつか母に贈った靴が頭にあることで、ユキノの足元が気になってしまう。
ユキノは初見でタカオが同じ学校の生徒だと知るが、それを知った後なぜあの万葉集を口ずさんだのだろうか?
あの歌はこの作品の重要な部分ではあるものの、ユキノの現在の状況を鑑みればあの万葉集の句を口に出すことなど考えられず、あの場所へは二度と行きたくないと思うのが普通だと思う。
ではあの短歌は恋人に対して言ったのだろうか?
彼女は古文の教師で同じ学校の教師と恋愛していた。
その彼に対する彼女の気持ちは、「息をするもの辛かった時、あなたは周りのことばかり気にして私の言葉を聞いてくれなかった」だった。
つまり、ユキノはあの時点で彼とすでに別れていて、彼に対する想いは基本的にはなかったはずだ。
この物語が監督の中の真実であるならば、
この部分の解釈はとても重要なものになる。
初対面の高校生 お互いさぼっているのはわかる わずかな言葉のやり取り
彼女はそこで「歩く練習」をしていたということは、少しでも外へ出かけることから始めたという意味だろう。
そこで恐れるものを少しでも克服することが彼女のリスタートだったはずだ。
そこに現れたのが自分の学校の生徒
それに気づいたとき、彼女はとても怖かったはずだ。
しかし彼は自分にまったく気づいていない。
このことがユキノにとってある種のゲームになったのではないだろうか?
ここは非常に大切な部分で、ジブリの宮崎監督や高畑監督などは、一挙手一投足に意味があり絶対矛盾する動作は描かない。
矛盾を感じるのは、別の意味があるからだ。
この視点に立って考えると、この作品のこの部分だけに「解釈」が必要となる。
仮にユキノがある種のゲームを始めたとする。
学校を辞めて四国へ帰っても、やっぱり教師は続けたいというのが彼女の想いだ。
そこまで歩く練習の一つが、タカオとのコミュニケーションだったのだろう。
高校教師 高校生とのコミュニケーション 彼女にとって避けられない課題
タカオは純粋で、将来の夢を持つが、同時に多感でもある。
気づけば彼自身が恋をしていた。
純粋であるが故、相手の純粋さに対するジャッジメントがある。
決定的だったのが、四国へ帰るともう決めていたこと。
何もできない高校生
出勤できなくなって以来、そして梅雨が明けてしまってからもユキノは長い間悩み続けたのだろう。
タカオも専門学校に行くためにバイトの毎日
ユキノにとって少し楽しかったコミュニケーションで様々なやり直し方が考えられたのだろうが、結局もう一度あの高校の教壇に立つことはできないと判断した。
そんなことさえ何も知らなかった俺、タカオ
教師いじめ
そいつらをぶちのめしたい衝動 暴力
暴力もまた、人生や物語には必要要素だと思う。
タカオはその前後、自分の本気度を知ったのだろう。
そうして再開した二人と土砂降りの雨
ユキノのアパートで食べたオムライス 「生まれてから今が一番幸せかもしれない」
しかし、
一方通行であるはずのないこの思いは、裏切られた。
アパートの踊り場でのタカオの言葉は、「嘘つき」な大人への怒りだったが、それこそユキノの真の姿を言葉にしたものだった。
ユキノも純真ではあったものの、次第に壊れていく精神と味覚障害になるほどダメージを受けていた。
タカオの言葉はユキノに対する断罪だった。
しかしそれは「人と人」とのことで、本当のタカオと本当のユキノのことだった。
もしタカオの言葉の中に、学校のことが含まれていた場合、ユキノは再び障害を発症するかもしれない。
この時点でタカオは彼女のすべてを受け入れていることが、彼女にわかったのだろう。
タカオはそのことをすべて理解してくれたユキノを受け止め、そして一旦リリースしたのだと思う。
高校卒業して、専門学校に入り、靴職人としてデビューしてもまだまだ先は長い。
タカオの家族の状況も、実生活の難しさを教えている。
約束通り、彼はユキノの靴を完成させてあの場所へ持ってきた。
それを履く彼女の様子が頭の中に描かれたはずだ。
そして彼は誓う いつか歩けるようになったら会いに行く。
失われつつある大人への登竜門 それは本当の自分になること。
20歳になれば大人ではなく、まして18歳でさえない。
大人とは、大人になる決心をした時になれるもの。
その自分で決めた道の登竜門をくぐって初めてなれるもの。
その決心をした15歳のタカオは、もしかしたらもう16歳、大人になったのだろう。
どうにもならないことを何とかするのが人生ではなく、どうにもならないと思っている自分をどうにかするのが人生だ。
最後に彼は「歩く練習をしていたのは、俺も同じかもしれない。いつか歩けるようになったら会いに行こう」と言った。
彼が闇雲のようにぶつけた本心は、ほんの少しズレれば彼女を激しく傷つけただろう。
その事を彼は、いま、理解できた。
どうしようもない心に折り合いをつける。
切なさと成長
この切なさを描くことこそ新海監督の真骨頂かもしれない。
非常に深い物語だった。
本当に素晴らしかった。
人の縁や価値観・境遇の違いについて考えさせられる
妄想ストレート160km
貶しているように取られるかもしれないが、決してそういう訳ではなくて。
男子がティーンの頃に抱いている、「思い通りにならない時は、スネてみせれば、イジケてみせれば構ってくれるのでは」という妄想炸裂、そしてそれが妄想通り上手くいく展開が、懐かしさとともにカタルシスを与えてくれて面白い。その場合やっぱり、それを受け入れてくれるのは年上の女性という設定になるんだろうなぁ、と。
作者のリア充ではなかった(完全に過去形ですが)であろう感覚からこそ産み出せた尖った作品。予想外の短編なのに密度高し。
ILGIARDINO DELLE PAROLE
アジール映画
自分が通っている学校の先生を知らないってありえない
監督と脚本は『ほしのこえ』『だれかのまなざし』『君の名は。』『天気の子』『すずめの戸締り』の新海誠
谷村美月をヒロインに迎え舞台化されている
U-NEXTでも鑑賞できるが1630円
うーん・・・ポイントを使うにしても躊躇するなあ
平日の日中から公園でビールを飲んでいる女性の正体は秋月孝雄が通っている古典教師雪野百香里だった
3年の女子生徒が片思いしてる男子生徒が百香里を好きだったため嫉妬して数々の嫌がらせをし悪い噂を流し心労で教師を辞めることになったのだ
それはそれとして自分が通っている学校の先生を知らないってありえない
いくら高1とはいえ
興味がなかったからって野球に興味がない女性がヤクルトの村上を知らないってレベルと違うでしょ
納得いかない
エンドロールのあとも続きあり
声の配役
靴職人を目指す高1の秋月孝雄に入野自由
孝雄が雨の庭園で出会う雪野百香里に花澤香菜
親子ほど年下の彼氏と付き合っている大学職員の孝雄の母の秋月怜美に平野文
彼女と同棲生活を始めるため家を出た孝雄の兄の秋月翔太に前田剛
翔太と同棲を始めた彼女の寺本梨花に寺崎裕香
孝雄と同い年の友人の松本に井上優
松本の一学年上の彼女の佐藤に潘めぐみ
プライド高い女子生徒の相沢に小松未可子
孝雄のクラスの担任で体育教師の伊藤宗一郎に星野貴紀
50分弱に凝縮した映像美が際立つ一作
本作の3年後に『君の名は。』(2016)で知名度を飛躍的に高めることになる、新海誠監督の短編映画。
スタッフの顔ぶれなどを見ると、この頃からすでに、『君の名は。』に至る道筋ができていたことに気が付きます。『秒速5センチメートル』(2007)と同様、短い時間に凝縮した美しい映像を堪能する作品、と言っても過言ではないでしょう。
旅要素もあり、雪景色の寒々とした雰囲気もあった『秒速5センチメートル』と比較すると、公園を基点に時間が積み重なっていく構成の本作では、やはり際立つのは木の葉と、そこに差し込む光、あるいは波紋の広がる水面など、きめ細かな自然描写です。
物語としてはものすごく興奮するような場面があるわけではなく、むしろタカオ(入野自由)とユキノ(花澤香菜)の、距離感を探りながら交流を重ねていく過程を静かに描いています。したがって本作には、時空を超えたり世界を救う鍵になったりといった、超絶的な展開はないけど、物語が設定上の複雑さ、重厚さを増していく以前の、とにかく自分が描きたい描写に全力集中した感のある新海誠作品として、本作は鑑賞する価値が十二分にあるでしょう。
2024年になって、新海監督の初期長編、『雲のむこう、約束の場所』(2004)が再上映されるんですよね。この機会に、本作も再上映してくれないかな…。
圧倒的な映像美と音楽に心揺さぶられる
2023年末にU-NEXTを契約したので、過去作を観はじめた。平日でも観られる短編ないかなと考えてぱっと思いついたのがこの映画。
初見は、「君の名は」を映画館で観た後の2016年の夏頃。「君の名は」の映像に惹かれ、新海誠監督の作品をもっと観たいと思ったのがきっかけだった。
さて、もう7年以上前(映画自体は10年以上前に公開)の作品を再度鑑賞したのだが、やはり圧倒的な映像美には、ただただ「すごい」としか言いようがない。
背景は極めて写実的に描かれているが、それはリアリティを超えて芸術の域に達している。かつて東京に住み、新宿御苑にも行ったことがあるが、画は実物よりも写真よりも美しい。絵画を鑑賞しているような感覚に陥る。
当時は、その映像美、ラストシーンと秦基博の歌うエンディングテーマ曲「Rain」に感動したのだが、今回もそれは同じだった。誰かが、これは長い長いRainのMVなのだと言っていたのを記憶しているが、この美しい映像とRainを聞くだけでも観る価値のある映画だ。
しかし、この映画は単なるMVではない。新海監督は、登場人物のキャラクター設定と心理描写にも心血を注いでいるのだ。
15歳の男子高校生と27歳の女性教師の短い淡い恋の物語。よくありそうな設定(精神的に幼い高校生の叶わぬ恋)だが、本作の男子高校生・孝雄は精神的にとても大人。対して女性教師・雪野は心は15歳のまま大人になりきれていない。このギャップと雨、そして現実からの逃避が2人を結びつける。
雪野は、ラストシーンで号泣しながら孝雄に告げる。「あの場所で、あなたに、救われていた」。深く深く内に籠もり、身動きできなくなっていた自分を救ってくれたのは孝雄だったと告げるのだ。客観的に言って雪野は弱いしずるい。孝雄が叫んだように、好意に甘えていたとも言える。でも、その自分の弱さやずるさを告白した彼女は、この瞬間やっと大人になれたのではないかと思った。
改めて鑑賞して、このラストシーンに心動かされた理由がなんとなく自分のなかでストンと腑に落ちた感がした。恋愛成就ではないが、2人の心が通い合って対等になった瞬間だ。
これからも「Rain」を聞くとこの映画のことを思い出すだろう。映像と音楽が一つになって観る者の心揺さぶる作品。
澄んでるなぁ
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