「ひとりぼっちがいちばん怖い」クロユリ団地 浮遊きびなごさんの映画レビュー(感想・評価)
ひとりぼっちがいちばん怖い
『リング』や『仄暗い水の底から』といった見事なホラー
を世に送り出した中田秀夫監督の最新ホラー!
ハリウッドで『ザ・リング2』を撮って以降は
正直イマイチな作品を連発していた彼なので、
今回はちょっと心配だったが……
ううむ、これは賛否が別れそうな気がするなあ。
湿り気やおどろおどろしさといった恐怖で比較するならば、
『仄暗い水の底から』と比べて70%、『リング』と比べて40%といったところ。
なので、怖さを求めて鑑賞した向きには物足りないかも。
たとえば赤青緑のどぎついライティングやPOV
(主観視点)の取り入れなどは、これまでの同監督の
ホラー作では見られなかった手法だが、
現実離れしたライティングは“作り物っぽさ”を
醸し出してしまって残念ながら効果的とは言えない。
また、POVはホラーとの相性が非常に良いのに、本作
では恐怖演出にPOVを活かすことを一切行っていない。
ミノルの特殊メイクにもそこまでのおぞましさは感じない。
人の弱点を容赦なく抉る子どもならではの残酷さは、
頭では怖いと理解できるが、身の毛もよだつほどの
恐怖にまでは昇華しない。
老人の亡霊も、邪悪な存在でない事はある程度割れている。
全体的に、じわじわ観客の恐怖を煽るような演出も少ない。
しかし、しかしだ。
もっと怖いホラーが観たかったとは僕自身も思うが、
怖くないという理由だけで本作を貶めるのはあまりに尚早だ。
恐怖演出という観点を抜きにして考えれば、
強烈なライティングと水面のような光の揺らめきは
あの世とこの世の境目の表現として効果をあげている。
POVは、あの家族があくまで主人公の視界にしか
存在しなかったという表現になっていると思しい。
ミノルも恐怖の対象というより、孤独を恐れるという点で
他の人物たちと共通しているという印象が残る。
(『仄暗い~』のような恐ろしい霊として描くことも
可能だったはずだ)
POVや団地といったホラーと相性の良い要素を恐怖演出に
用いなかった点といい、技法を前面に押し出した映像と
いい、わざと気付かせるような伏線の張り方といい、
本作は『恐怖映画を作る』という点にそこまでの重きを
置いていないようなのだ。
本作は恐怖演出以上に『なぜ主人公がミノルを
招き入れたのか』という動機の解明に焦点を当てている。
一度も主人公と同カットに映らない家族、
何度も繰り返される会話、強すぎる自責の念。
それら違和感の正体が明かされた後で炙り出されて
くるのは、愛する人を失った後悔と、ありもしない
幻想や邪悪な魂にすらすがりたくなるほどの寂しさ。
そういえば、あの老人。
ミノルの前の“友達”だった彼は、
ミノルが危険な存在であると主人公に警告していたにも
かかわらず、彼を受け入れていた。何故か。
弾いた跡もないのに遺されたピアノ。散乱する古い写真。
食い散らかされたままの菓子箱。
最初は不気味にしか映らなかった物たちが、今では
あの老人の、泣きたくなるほどの孤独の表れに思えて。
家族を失った主人公。恋人を失った青年。
孤独死した老人。ひとりぼっちで焼け死んだ少年。
登場する人々は皆、その孤独を埋めようと必死だった。
今思い返せば、クロユリ団地で相次いだという死の記事は、
ミノルを招き入れるほどに孤独だった人間が
どれだけ多かったかを示していたのだろう。
薄い壁一枚を隔てた先で、誰がどんな想いを抱えて生きているかを知らない。こんなに近いのに、こんなに遠い。
この距離感は、死者と生者とのそれにも少し似ている。
団地という空間だからこそ、その耐え難い距離感が際立つ。
作り手は、恐怖映画というスタイルを借りて、愛する人を失った人々を苛む孤独を描きたかったのかもしれない。
狂気よりも、幽霊よりも、ひとりぼっちになる事の方がずっとずっと怖いのだ、と。
〈2013.5.19鑑賞〉
P.S.
文脈に合わなかったので、追記として演技について一言。
前田敦子の演技が良い。憔悴した様の恐ろしさも
さることながら、ドラマの邪魔にならない堅実な演技。
(数多のアイドルが見せてきた 、“私、狂ってます”的な
オーバーアクトとは明らかに違う)
成宮寛貴は普段はやや大袈裟な演技の方だと思うのだが、
今回はそれが丁度良い具合に抑えられていて良かった。
ミノルくんは……子役としては可もなく不可もなくだ!(笑)