劇場公開日 2013年2月15日

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「失敗で失うものより、やらずに失うことの大きさ」ゼロ・ダーク・サーティ マスター@だんだんさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0失敗で失うものより、やらずに失うことの大きさ

2013年2月24日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

興奮

知的

世界中の誰もが知る2001年の反米テロ組織アルカイダによるニューヨークの9・11同時多発テロ。その首謀者・ビンラディンは行方が掴めないまま年月が過ぎるが、2011年5月11日、パキスタンの地方都市アボッターバードの潜伏先を急襲した米軍特殊部隊によって殺害される。この極秘作戦をクライマックスに据え、作戦実行に至るまでのCIAによるビンラディン捜索活動を克明に描いたのがこの「ゼロ・ダーク・サーティ」だ。タイトルは深夜00:30を意味する軍事用語。

ブラック・サイトと呼ばれる米軍秘密基地での拷問や、CIA組織内での攻防、中東諸国の何を見て何を信じればいいのか右も左も分からない雑多とした拒絶感など、キャスリン・ビグロー監督の演出は相変わらずシャープだ。
手持ちカメラを故意に揺らしたり無駄に顔をアップするような小手先の描写がなく、第三者のクールな目で捉えられたような映像はドキュメンタリーを見ているようだ。
突然の爆発や心理戦など、映画的な描写をつける技もクリント・イーストウッドなみだ。

映画のオープニング、9・11同時多発テロ事件での死を迎える直前の被害者と家族や警察との電話の肉声が真っ暗ななか交錯する。スクリーンにあのときの映像を流したりはしない。何もない真っ黒なスクリーンに、観客は皆、頭のなかのあのツイン・タワーの映像を想い描いたに違いない。観る者を信じて作品から贅肉を削ぎ落とすキャスリン・ビグローの思い切りのよさが出ている。

監督の緻密だが潔い性格と主人公のCAI情報分析官マヤのしたたかさがリンクする。周りの男たちがビンラディンが潜伏する確率に100%を求めるのに対し、失敗することよりも何もせずに失うことを恐れるマヤは、作戦の実行を上に対し強引に進言する。
マヤの分析能力と何年にも及ぶ執念が実を結ぶわけだが、そこには条件を引き算していくだけではない彼女の決断の大胆さがある。

作戦は成功するが、マヤは世界の至る所に見えない敵を作ってしまったに違いない。今もCIAの任務に就いているようだが、いつこれまでの人生を断ち身を潜めなければならない事態になるか分からない危険を抱える。
たったひとり、C-130輸送機のドロップゲートが閉じても彼女の髪の毛が揺れ続ける。任務完了の開放感にそよぐ風というよりは、行くアテもなくぽっかり空いた心の穴に吹き込む隙間風に見える。

マスター@だんだん