「木下監督への、原監督の愛が伝染してきます。」はじまりのみち とみいじょんさんの映画レビュー(感想・評価)
木下監督への、原監督の愛が伝染してきます。
この映画を見終わると、木下監督の映画を観てみたくなる。
木下監督作品は残念ながら『楢山節考』『二十四の瞳』しか観ていない。
ああ、有名なラストシーン。『陸軍』での、噂に聞く田中絹代さんの美しさ。その演技。息を飲む。さすが伝説の大女優。
他の映画も僅かなショットながら、ラストに次々に映し出される。
”映画史”としては名前は聞いたことがあるが、積極的に手にする気はあまりなかったその作品達。けれど、その映像の迫力に呑まれて、そのショットの前後を観たくなる。改めて鑑賞する人が増えて、木下監督作品の再評価に繋がるんじゃないか。
これが原監督の計算だとしたら、まんまと術にハマってしまった。こんなオマージュの方法もあったんだなあと、原監督の技量に感嘆する。
「人間を描きたかったんだなぁ、木下監督は」なんて、木下監督の自叙伝やエッセイを読んだわけでもないのに、この映画を観ただけで、そう思ってしまう。
物語は、半身不随になった母をリヤカーで運ぶだけ。登場人物も最小限に抑えられている。山道の困難さ等はあるけれど、特に話を急展開するようなエピソードもない。単調な話。
でも何故か飽きない。
芸達者達の演技、彼らを活かす脚本・演出。うまい。
コミカルな便利屋、優しげでもやることはやる兄、神経ピリピリ尖らせている主人公。そこに黙って苦難に耐えている母がいる。
戦争気分高揚、本土決戦等物騒なことを言い、騒がしい世間。それに比するかのように、物語はじっくりと、悠長に丁寧に進む。人としての礼節や人情が、静かに、気持ちよくしみわたる。
役者も顔や体の表情で絶妙な演技するが、それをじっくりと間をとって映像で見せてくれる。アンサンブルが絶妙。特に大きなトラブルが起こるわけでもないのに、わずかな動き・表情で、三人の関係性を描き出し続ける。
誰もが絶賛する、便利屋のカレーを食べる真似をするシーン。映画を語るシーン。何気ないシーンだが、映画の中の肝。軍部・政治に対する庶民の見識の代弁。こんなに、おおらかに、朗らかに、表現するとは。
母の佇まい。その凛とした姿に目を見張る。母は東京で木下監督の身の回りの世話を熱心にしていて、そのさなかに倒れたと聞く。そのエピソードだけを聞くと、マザコンか?と思いたくなるが、この母なれば、そんな、このためにならぬような甘えさせ方はしないだろうと、背筋が伸びてくる。その母の願いが監督の背中を押す。
主人公の母への思いは、周りの迷惑考えず、周りを巻き込んで強行してしまう。弟の特権であり、たくさんの人を使う監督のなせる技。いくらバスも道もがたがたで母の体に悪いとは言え、17時間の道行。「わがままぁ」と思いつつ、その想いに心打たれる。あの母なら、そうしたくなる気持ちもわかる。
それと、交差して、
仕事への鬱憤。時代背景は特殊なものはありつつも、現代もあるある感満載。誠心誠意、力を込めた仕事が、理不尽な理由で没にされることある。「やめてやるぅ」と大見得切りたい、そんな想いの具現化。でもわかってくれている人がいることを発見。自分のことのように嬉しくなる。
木下監督記念作品だけど、今の私達を描いた映画でもあるかと思う。
と、
役者はすばらしくて見応えあり、映像も綺麗で、たっぷりと見せてくれる。
なのに、鑑賞後一番印象に残るのは『陸軍』の田中絹代さん。
それって、せっかくの本編が勿体ないと思ってしまう…。
ラスト、木下監督作品のダイジェストが流れる。映像のみ。唯一大原麗子さんが演じた母のあのセリフのみが映画のまま流れる。そして、空に浮かぶ雲とリヤカーに寝る母に繋がり、エンドロール。
木下監督作品は上にも記した2本しか観ていないので、この映画で流れた場面がどんな場面なのか、今の私には理解できないが、監督がこの映画の為に切り取って、ラストに流した場面。
原監督の、木下監督を通して表現したかったことが集約されている部分。
田中絹代さんと田中裕子さんが重なる。品・美しさ・演技力。田中裕子さんが『陸軍』の母を演じていらっしゃるところをつい想像してしまう。
と考えると、『陸軍』のインパクトが残ってしまうことも計算のうち?
そういうことにしておこう。