「コミックリリーフが活躍する冒険活劇にして、黒澤時代劇の醍醐味満載の傑作」隠し砦の三悪人 Gustavさんの映画レビュー(感想・評価)
コミックリリーフが活躍する冒険活劇にして、黒澤時代劇の醍醐味満載の傑作
16世紀後期の戦国時代を舞台に、山名家との戦に敗れ落城した秋月家の侍大将真壁六郎太が、世継ぎの雪姫と再興のための軍用金200貫(現代の価値で120億円!?)を伴い同盟国早川領に逃げ延びる冒険活劇の黒澤時代劇。絶体絶命に遭いながらも難関を突破する緊張感と安堵感が次から次へと展開して、この緊張と弛緩が連続するストーリーの醍醐味が傑出しています。黒澤監督始め、菊島隆三、小国英雄、橋本忍の4名で練られた脚本が素晴らしい。これは戦で手柄を立て褒賞を目論んだものの失敗に終わった農民の太平と又七が、コミックリリーフとして関わる面白さであり、独特な味わいがあります。片や敗戦国の侍大将のお家復活に賭ける武士の矜持、片や金の延べ棒の分け前で喧嘩ばかりする欲にまみれた農民の無節操。これが象徴的に描かれたシーンが、相棒の居場所を尋ねる六郎太と言い争う平太の2人が居る奥から、その又七が現れるところです。妹小冬を身代わりとして山名方に差し出した六郎太は、前日恩賞金10枚の小判を意図してふたりの前で数えます。それでも信用せず欲に駆られた又七が翌朝町へ行くと、すでに雪姫は打ち首になったと告げられる。それを知った六郎太が謝る又七に応えず、黙って滝のある洞窟に入るショットが素晴らしい。激しい瀑布に六郎太の怒りと覚悟と決意が込められた映画的な表現です。雪姫に謁見して、小冬めがお役に立ちました、の台詞を言う三船敏郎の厳粛たる眼の凄み。この眼の演技は素晴しい。そして、山名の詮議(罪人の捜索)も一時解けましょう、で脱出劇が展開します。
映画は冒頭から見応えのあるシーンで圧倒します。喧嘩別れした太平と又七が捕虜となり、廃墟となった秋月城で埋蔵金を探す(徒労に終わる)場面から、夜になって暴動が起こり石階段を駆け下りる捕虜たちと鉄砲隊が交代で撃つショットの迫力は黒澤監督ならではの演出です。後半では先ず、荷車に薪を積んで一安心した後、戻って来た騎馬武者とひとり戦う六郎太の場面。逃げる騎馬武者2人と追う六郎太の馬上の戦いには息を呑むほどです。これをスタントなしでやり遂げた三船敏郎の身体能力と役者魂には敬服するしかありません。これ以外考えられないカメラワークと編集の完璧なモンタージュ。勢いそのままに敵陣営で見せる槍による大将戦の一騎打ちのシーンも見事。そこから身動きが取れない状態で幸か不幸か地元の火祭りに紛れ込むシーンは、踊りに熱狂する民衆の力強さがあり絵的にもユニーク。また金の延べ棒の入った薪を全て燃やすことで先の読めない面白さもあります。このシーンを観ると、黒澤監督の活動写真愛を感じないではいられません。雨や滝の水、馬が疾走する風、そして炎を上げながら燃え盛る火と、自然を生かした映像の魅力と迫力が染みついた映画監督です。法螺貝を吹きながら敵鉄砲隊が迫りくる場面の緊張感ある夜のシーンでは、倒木を渡り逃げるカットと弾が撃ち込まれるカットをつないだ跡が分かる編集ですが、これは仕方ないでしょう。そして峠の関所に捕らわれの身となった3人の前に現れる田所兵衛の場面もいい。大殿に罵られ弓杖で打たれて深い傷を負った顔を暗がりから見せる演出。それが切っ掛けとなり、秋月家の若姫と家臣の信頼と忠義に心打たれた田所兵衛が、翌日に裏切り御免!と言って六郎太らと共に逃げる。こんな清々しい裏切りはありません。その前に、姫はわたしですと、身代わりがあからさまな娘の健気さもいい。山の中腹の道を駆ける3頭の馬の壮大なシーンが魅せます。ラストは、何の成果もなく早川領に帰って来た太平と又七のところに金塊を積んだ馬が辿り着くも、ぬか喜びになるお決まりの展開。捕まり牢屋で観念する2人は、金を前にしたら常に喧嘩ばかりだったのが、あの世に行っても仲良くすべえなぁと、漸く悟るところが可笑しい。
娯楽映画に徹した物語全体の起承転結は楽しく巧妙に構成されています。故に現実的な敵中突破を違和感なく描くなら、もっと細微な事にこだわる必要があるのは事実です。例えば火祭りの群衆に紛れ込んでも装いの違いから目立ち敵山名兵に気付かれるだろうとか、荷車の薪が完全に燃え尽きる途中で金の延べ棒が露になるのでは、といったことが挙げられるでしょう。しかし、そんなところまでこだわるより、六郎太と雪姫が太平や又七と反目しながら戦地をいかに抜け出すかのお話をどれだけ楽しめるかが映画のコンセプトでした。活劇と喜劇のバランスを保ちつつ、楽しく観てもらう映画の傑作です。それは太平を演じた千秋実と又七の藤原釜足の好演あっての成果でした。主演は常に真面目な演技を通した三船敏郎ですが、この作品に関しては千秋、藤原の2人も主演扱いでいいと思います。主役三船敏郎を引き立て、尚且つ喜劇におけるコミックリリーフの難しさを感じさせない物語に溶け込んだ愛嬌ある演技を堪能しました。雪姫役の上原美佐は新人らしい汚れなさと力の入った演技で、台詞の固さが目立ちます。劇中ではそれをカバーした設定になったと言われますが、却ってそれが物語を面白くする展開になっている脚本の仕上がりでした。藤田進の田所兵衛役も独自の味があって良かったと思います。ベテラン志村喬と三好栄子は特別出演扱いの短い出番でした。
Moiさん、コメントありがとうございます。
あの雪崩のように捕虜が降りてきて下から鉄砲隊が交代で撃つシーン、見事でした。カットの構図と人間の動き、迫力ありました。そして階段の使い方に、思わず「戦艦ポチョムキン」を連想しました。セットも完璧でしたね。