悪人に平穏なし : 映画評論・批評
2013年2月5日更新
2013年2月9日よりヒューマントラストシネマ渋谷ほかにてロードショー
複雑な矛盾をはらんで暴走するハードボイルドな警察映画
スペインのアカデミー賞たるゴヤ賞で作品賞など6部門を制したこの映画は、テロの脅威に立ち向かうひとりの刑事を描いているが、派手な見せ場はほとんどない。ポリス・アクションというより“警察映画”と呼ぶべきハードボイルドな一作である。
“3・11”といえば日本ではすぐさま東日本大震災が思い出されるが、スペインでは別の出来事を指すらしい。2004年3月11日、191人の命が奪われたマドリード列車爆破テロ事件。この大惨事を未然に防げなかった警察の捜査資料をもとに脚本を練り上げたエンリケ・ウルビス監督は、事件の再現性を重んじた実録ドラマではなく、オリジナルストーリーの警察映画を撮り上げた。事なかれ主義的な捜査機関の構造的欠陥をえぐり出しつつ、実に興味深いキャラクターを創造してみせたのだ。
泥酔して男女3人を銃殺し、その証拠隠滅を謀る中年男サントスは、とうの昔に理想も信念も捨ててしまった悪徳刑事だ。しかしこの男は獣のような直感と行動力を備え、誰ひとりとして気づかない用意周到なテロの匂いを嗅ぎつけていく。かくして牙を剥いた悪人(主人公)が地下に潜伏する悪人(テロリスト)に食らいつくなか、後手に回った捜査機関は罪深き機能不全をさらけ出す。
終盤に向けてぐんぐん緊迫度が高まるこの映画は、最後に残される複雑にして重い余韻も格別だ。はたして、これは“正義”についての映画なのか、それとも“贖罪”をめぐる映画なのか。まるで死に場所を探し求めるかのような負け犬刑事の破れかぶれの暴走を見届け、その苦い味を噛み締めてほしい。
(高橋諭治)