「祇園という「廓」(場所)で両極端な活き方を選ぶ姉妹の姿を通して溝口監督が描きたかったもの。」祇園の姉妹(1936) もーさんさんの映画レビュー(感想・評価)
祇園という「廓」(場所)で両極端な活き方を選ぶ姉妹の姿を通して溝口監督が描きたかったもの。
①鑑賞後にWikipediaで調べたら祇園でも格下の祇園乙部を舞台にしているという。戦前の祇園に格上・格下が有ることも知らなかったが、道理で「祇園」という言葉から想起される華やかさが無いなぁ、と感じながら観ていたのが府に落ちた。②同じく、祇園・花街・芸妓という安易な連想からもっとしっとりとした話をイメージしていたら、いやに軽快な音楽で始まり、騒々しさから家を壊しているのかと思いきやカメラが右に動いていくと破産した商家の蔵に有ったと思う木箱からお宝を出して競っているのが分かってくる冒頭のカメラワーク。それから、潰れた商家の主人が細君の泣き言に嫌気が差して、昔贔屓にしていた芸妓なところに転がりこむまでの見事な導入部。③
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