劇場公開日 1958年8月19日

「三島文学から独立した市川崑監督独自の映画美学がある傑作」炎上(1958) Gustavさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0三島文学から独立した市川崑監督独自の映画美学がある傑作

2025年4月28日
PCから投稿
鑑賞方法:CS/BS/ケーブル

悲しい

難しい

斬新

三島由紀夫31歳の時の日本文学の名作と謂われる『金閣寺』を原作とする市川崑監督の文芸作品。有名小説の映画化では日本映画の中で特筆に値する評判は知っていたものの(淀川長治さんの1958年の日本映画ベストワン)、この年になって漸く鑑賞の機会を得ました。市川作品は、「ビルマの竪琴」(56年)「鍵」(59年)「おとうと」(60年)「私は二歳」(62年)「股旅」(73年)「犬神家の一族」(76年)「映画女優」(87年)しか観ておらず、それでも日本映画のなかで市川監督のモダン的で洗練された演出タッチは独特の個性を持っている印象を持ちました。特に「私は二歳」の垢ぬけた演出に驚き、「股旅」にも市川監督独自の粋な才気がありました。流石に晩年の「映画女優」には衰えを感じて低評価してしまいましたが、「ビルマの竪琴」は感動した日本映画の一本です。そして今回の三島文学の作品には、簡潔にして要点を押さえまとめた脚本に感心し、撮影、音楽も素晴しく、そしてキャスティグの適正さと役者の演技のバランスの良さに驚いてしまい、この時代の日本映画の本領を痛感した次第です。

三島由紀夫の原作は、研ぎ澄まされた文章の美しさとその表現力に圧倒されて、幾つか書き写すくらい心酔したほどですが、この映画には名匠宮川一夫の崇高な映像美があります。陰翳の濃いモノクロ映像と絵画のような構図の見事さは、「羅生門」「雨月物語」と比べて見劣りがしません。この日本的映像美と時にスタイリッシュな構図を組み込むカメラアングルの斬新さ。追憶シーンでは背景を切り替えるモンタージュのスマートさもいい。観念的な文学の映像化は表面的なものに陥りやすいのを、この宮川一夫の撮影と実力ある役者の演技で克服している市川監督の演出力により、映画作品として独立しています。

主演は日本映画全盛期の大スターの一人ながら早逝された市川雷蔵(1931~1969年)で、初めて現代劇に挑戦した作品といいます。これ迄観た作品は「新・平家物語」(56年)「好色一代男」(61年)「剣鬼」(65年)「陸軍中野学校」(66年)のみで、代表作「眠狂四郎」シリーズを知りません。どれも魅力的な演技を遺していると思われますが、今回の溝口吾市役は、「陸軍中野学校」の冷静沈着な演技に匹敵するものを感じました。スター俳優が進んでやるような役柄ではないものに挑戦したことに収まらない、人物表現として優れた演技です。この市川雷蔵演じる溝口と同じような境遇の戸刈役仲代達矢の演技にも感心しました。舞台で鍛えた芝居の技巧、足が不自由な難役を自然に見せる身体の動きと流れるような台詞の上手さが素晴らしい。これによって市川雷蔵演じる溝口と対比される人物表現が、設定以上の深さを増しています。このキャスティングの相乗効果の素晴らしさに加えて、老師役中村鴈治郎の安定感と貫禄の演技にも感銘を受けました。溝口に期待しながら修行として距離を置く老師の内面を見事に表現していると思います。溝口の母役北林谷栄も適役以上の上手さがありました。自分の不貞を知られても我が子の出世を期待し親のエゴを押し付ける複雑な役を巧みに演じています。父承道の浜村純、福司の信欣三、友人鶴川の舟木洋一、典座の大崎四郎と、どれも役に嵌っています。なかでも脇役が主で唯一「帝銀事件」(64年)が主演だった信欣三が個性的で渋く、地味ながら存在感がありました。女優では28歳の新珠三千代の品のある美しさ、五番町の遊女役の中村玉緒19歳の初々しさと可愛らしさが、共に好印象で作品内容に合っていました。兎に角、このようにキャスティングが的確で、役者の演技も高いレベルでまとまっていて非の打ち所がないのは、日本映画では珍しい。
原作が名作だと映画として不足があるものですが、これは市川映画として独自の世界観を構築した日本映画史に遺る傑作と言っていいと思います。宮川一夫の映像美と役者の演技を味わうべき映画でした。

〔金閣寺は50年前に一度だけ高校の修学旅行で観たことがあります。しかし、黄金に輝く美しさに見惚れた記憶がありません。印象としては、清水寺と二条城が古都京都らしいと思ったくらいで、会社員時代大阪に3年配属されていた頃(阪神淡路大震災のとき)も再び金閣寺を訪ねることはありませんでした。主人公溝口が絶対的美として思い込んだ、または思い込まされていたことに共鳴することはありません。この絶対的美として17歳の私が衝撃を受けたのが、唯一西芳寺(苔寺)でした。枯山水の古色蒼然とした静寂の佇まいに日本的な侘び寂びの美しさを感じて圧倒されたことが今でも想い出されます。放火される1950年以前の金閣寺には、再建されたものと違う美しさがあったと想像します]

Gustav
Gustavさんのコメント
2025年5月1日

ノーキッキングさん、共感とコメントありがとうございます。
「金閣寺」の原題が「人間病」とは、今まで知りませんでした。主人公溝口が絡む人間関係の其々から、犯行の真意に迫るのではないかと思いながら市川映画を観ていたので、一寸納得です。吃音の劣等感、両親の歪な仲と家庭の貧しさ、老師から見透かされた自分への嫌悪、同じような疎外感を持つ戸刈への敗北感、親友鶴川が目の前から消える喪失感など、どれもが溝口を精神的に追い詰めていく不運の境遇が丁寧に描かれていたと思います。名作のダイジェスト版に陥ることなく、市川雷蔵が演じる溝口の人間ドラマとして見応えがありました。

Gustav
ノーキッキングさんのコメント
2025年5月1日

サルトルの『嘔吐』が原題メランコリーであるように作家と編集者が齟齬をきたしている今作も、当初、三島由紀夫がつけたタイトルは“人間病”でした。コレでは売れないとして変更したのが『金閣寺』
彼が心血を注いだ傑作です。

ノーキッキング