電光空手打ちのレビュー・感想・評価
全2件を表示
この主人公は、この映画の最後に至るまで、沖縄空手の極意を理解してい...
この主人公は、この映画の最後に至るまで、沖縄空手の極意を理解していなかった事になる。最後に強そうに見せて終わるのだが、果たして第二部以降、主人公はどう変わるのだろうか?この映画だけでは、このストーリーは評価できない。
大正年間の沖縄で、上京を夢見ている訳だから、関東大震災前の事。つまり、1923年より前、そして、1872年が琉球処分の年。琉球が日本に平和的に併合されて、1923年は50年と言う事になる。何か節目を感じる。
さて、一見アナクロで、空手を大義名分で語っているように感じるが、ネットで調べると、沖縄空手の極意は山形師匠の流派が主流の様だ。また
空手に型と言う競技があるのを理解出来だ。
第二次世界大戦の犠牲になった沖縄県民に対する忖度的な表現が沢山あったと感じた。
空手の事は『空○バカ一○』でしか知らないが、沖縄舞踊に繋がるのかなぁと私はこの映画を見て感じた。
ロケ地は宮崎か城ヶ島当たりと思う。何故なら、この頃の沖縄はまだアメリカ領。あれから60年以上経過したが、沖縄空手は、琉球空手としてのアイデンティティを、今も保っているのだろうか?
第二部、第三部が見たい。
高倉健ファンがしみじみするためだけの映画
知る人ぞ知る高倉健のデビュー作(&主演作)。不殺・受け身を題目とする沖縄空手の名人に惚れ込んだ高倉健が一所懸命修行に励む。大作の付け合わせ&新人俳優のお披露目映画ということもあり作りが雑なのは仕方がないと思うが、それにしたって高倉健が短気すぎる。不殺・受け身の題目はどこへやら、師匠の叱責もいざ知らず迫り来る悪漢たちを次から次へとめった打ち。そらまあ破門もむべなるかなと得心せざるを得ない。元同門生のライバルとサシで戦うラストシーンも消化不良のまま呆気なく終幕してしまった。不殺・受け身とはなんだったのか、この不自然きわまる終わり方はなんなのか、そして電光空手打ちとはなんだったのか。あまりの不可解に雷に打たれたかのごとく唖然と口を開けるほかない我々観客こそがその秘儀のターゲットに他ならなかったのではないかと今になって思う。それにしても高倉健はこの頃から紛うことなく「高倉健」だったんだな、というか本当にこういう演技しかできないんだな、と改めて知ることができるいい機会ではあった。あまりにも朴訥であまりにも飾り気のない演技は確かに「フレッシュな新人俳優」とはお世辞にも言い難い。そもそも本作については本人も全く乗り気じゃなかったらしいし。だから彼が極道映画という活路を見出すことができて本当によかった。でなきゃド三流の大根役者として映画史の闇に葬り去られていても不思議ではなかったと思う。
全2件を表示