銀座の女のレビュー・感想・評価
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「逃げられないように、しっかり可愛がってあげなきゃだめよ。でもね、いくら可愛がっても、向こうが逃げる気なら逃げていくもんだけど。」
そんな言葉が胸に残る映画『銀座の女』は、昭和の銀座を舞台に、芸者という職業に生きる女性たちの苦悩と希望、そして人間関係の複雑さを描いた作品です。懐かしい街並みや建物が随所に映し出され、時代の空気を感じるだけでも十分に楽しめる内容となっています。
タイトルからは華やかな花街を想像しますが、冒頭は養老院のニュース映像から始まり、意外性のある導入に驚かされます。しかしそれは、主人公たちの未来を暗示する巧みな構成でもありました。映像に登場する養老院の女性は、かつて芸者だったいくよ(轟夕起子)がお世話になったおかみさん(飯田蝶子)であり、彼女の年齢が63歳と語られる場面では、当時の高齢者観が垣間見えます。現代ではその年齢で老人ホームに入る人は少ないかもしれませんが、時代の価値観の違いが静かに浮かび上がります。
いくよは銀座の芸者屋「しづもと」で女将を務めていますが、自身の老後に不安を感じ、新聞広告で養子を募集します。夫婦が子どもを持つために養子縁組をする話は聞きますが、独身の芸者が養子を迎えるというのは、当時としても珍しいことだったのではないでしょうか。現代なら、年下の恋人を持つという選択の方が一般的かもしれません。そうした意味でも、いくよの人物像には慎ましさと控えめな美徳が感じられます。
彼女が選んだ養子は、学費に困っている大学生・矢ノ口英作(長谷部健)。工学部に在籍しているものの、学校にはあまり通わず、小説執筆に没頭しています。いくよはそんな英作に対しても、我が子のように優しく接します。
芸者屋「しづもと」には、個性豊かな女性たちが集っています。税務署職員の兄を持つ琴枝(乙羽信子)、子どもを里子に出して働く照葉(藤間紫)、ジャズ好きのミサ子(南寿美子)、福島の実家で牛を買うために芸者になったさと子(島田文子)、そして下働きのきよ(田中筆子)など、それぞれに事情を抱えながら生きています。
特にさと子のエピソードは衝撃的でした。家族の生活のために牛を買い、その費用を捻出するために娘を芸者にするという決断は、地方と都市の価値観の違いを鮮烈に浮かび上がらせます。また、ミサ子が17歳で62歳の浪曲師の愛人になったという過去も、当時の花街の現実を物語っています。
元芸者の操(日高澄子)は現在バーを経営しており、そこに女給として働くのが北原三枝さん演じるブンちゃん。石原裕次郎さんとの結婚前の彼女の姿は、垢抜けた美しさが際立っており、裕次郎さんが惹かれたのも納得できる魅力がありました。
いくよの恋人である代議士・高梨(清水将夫)は、アメリカから帰国した際、いくよの出迎えを拒み、正妻の元へと向かいます。後日、座敷に現れたいくよは彼にこう語ります。
「羽田に迎えに行って、つくづく日陰者という家業が嫌になったわ。私があなたのことをパパって呼ぶのと、お宅のお嬢さんがあなたをパパって呼ぶのと、同じ言葉でもまるで意味が違うんですものね」
その言葉の後、高梨は別れを告げます。
失意のいくよが操の店で酒を飲んでいると、英作が現れます。彼は大学を辞めたい、自立したいと告げ、親子の縁を切る決意を示します。操は英作に対し、これまで母から受け取った金銭や洗濯などの世話を「借金」として貸す形にしますが、やがて二人は関係を持つようになります。
その現場を目撃したいくよは、「英作の奥さんになる人は堅気の人と決めている」と言い、操が真剣に結婚したいという話に耳を貸そうとしません。また英作にとって操との関係は、結婚などは考えておらず、あくまで小説のネタ程度のものでしかなかったようです。怒った二人は英作との縁を切ろうとします。
しかし英作の小説が賞を受賞すると、いくよと操は今までのことを水に流そうとします。英作は二人のもとを訪れ、成功を報告します。二人は彼の受賞を祝福しますが、英作が賞金で今までの支援を「返済」しようとしたことで、再び深く傷つきます。彼女たちの愛情が金銭で割り切られた瞬間でした。英作にとっては、情も感謝も意味を持たないものだったのです。
英作が去る飲み屋街の電柱には「養老院の火災」の新聞広告が貼られており、それがいくよと操の将来を暗示しているように感じられました。
ある日、「しづもと」で火災が発生し、いくよが放火の容疑で逮捕されます。留置所での彼女の錯乱した演技は見事で、狂気を感じさせる迫真の芝居でした。
焼け跡に集まり、ロウソクの灯りで家財を整理する芸者たちの姿には、時代の自由さと儚さが滲みます。琴枝が自ら放火したと告白し、警察に出頭しますが、拘束されることもなく、現代の感覚では不自然に映る展開です。いくよも琴枝も「つい言ってしまった」と語り、有名になりたくて嘘の告白をしたというのです。
さらには、他の芸者から「さと子を犯人に仕立てれば年が幼いので罪が軽く済む」という提案が出され、それを受けて自首するさと子。しかし実際に放火をしたのは、さと子自身でした。
彼女は胸の病を抱えながらも、飼っていた猫を医者に預けたうえで火を放ったのです。店がなくなれば田舎に帰れる、母に会える――そんな一心での行動でした。彼女は警察でこう語ります。
「どうせ私は肺病で長く生きられないんだから、死刑でも何でもしてください。その前に一度だけ、お母ちゃんに会わせてください」
その言葉には、若くして芸者となり、病に苦しみながらも母への思いを募らせていた少女の切実な願いが込められていました。
警察署長(殿山泰司)の配慮により、さと子の両親が田舎から呼ばれ、彼女は無事に再会を果たすことができました。
涙ながらに抱き合う姿は、物語の中でも最も感動的な場面のひとつでした。さと子の「お母ちゃんに会いたい」という願いは、彼女の人生のすべてを凝縮したような切実さがあり、観る者の胸を強く打ちます。
その後、いくよをはじめとする芸者たちは、さと子が出所するまでに店を立て直し、彼女を迎え入れられるよう努力しようと誓い合います。焼け跡からの再生を目指す彼女たちの姿は、希望と連帯の象徴でもありました。
物語は一見、温かい結末を迎えたように見えますが、放火という重大な罪を「事情があるから仕方ない」として許してしまうことには、複雑な思いも残ります。どんな理由があろうとも、罪は罪であり、それに目をつぶることが本当に正しいのか――その問いは観る者に委ねられています。
また、英作の態度にも違和感が残ります。彼は賞金をもっていくよと操に金銭を返済し、「これで金銭的な貸借関係は解決した」と言い放ちます。さらにこう続けます。
「世話になったという心理的な引け目。その苦しみの十字架は今でも僕の背中にのしかかってきます。その苦しみ、その心理的拷問について、僕はちょっとした中篇にまとめてみたいと思っています」
この言葉には、恩義を文学の素材に変えてしまう冷淡さと、自己中心的な作家としての傲慢さが滲んでいます。いくよと操が彼に感じた幻滅は、単なる金銭の問題ではなく、人としての誠意や情の欠如に対する失望だったのでしょう。
『銀座の女』は、芸者という職業に生きる女性たちの孤独と連帯、そして時代の価値観に翻弄されながらも懸命に生きる姿を描いた作品です。華やかな表舞台の裏にある葛藤や哀しみが、静かに、しかし力強く語られています。
登場人物たちの選択や言葉のひとつひとつが、観る者に問いかけてきます。「愛とは何か」「情とはどこまで許されるのか」「人は他者の人生にどこまで責任を持てるのか」――そうした問いに向き合うことこそが、この作品の本質なのかもしれません。
凄く美人では無いが可愛さと愛嬌が魅力的で、前向きに生きているという音羽信子の魅力が満載。
吉村公三郎 監督による1955年製作(109分)の日本映画。配給:日活
吉村公三郎監督映画は初めての視聴。銀座の芸者達の愛情と哀しみが描かれていて、とても良かった。
まずは、新藤兼人と高橋二三による脚本が、とても良かったのかな。
養子縁組(将来面倒を見てもらう)を期待して東工大生(長谷部健)に金銭的支援をしているいくよ(轟夕起子)だが、学生が文学賞をゲットして関係性を清算されてしまう。加えて、パトロンの議員さん外遊帰国に空港に行くが家族達のパパ!と手を振る娘の存在を前に声さえかけられず、息子の不良化を理由に関係性の解消を言われてしまう。芸者家経営者として金銭的には恵まれていても、あくまで日陰の存在という芸者の哀しさが実に上手く表現されていた。
芸者家に放火が起き、犯人は誰かとのサスペンス要素が入って来て、そこに、福島から乳牛の代金を得るために売られて来た島田文子、彼女が拾って大事にしていた三毛猫が絡んでくる展開もとても面白かった。
そして、音羽信子の演技というか存在感は、強く印象に残った。実はお兄さんが管轄税務署のお偉方でその為に売れっ子になっていたが、兄が八王子に栄転したために御座敷の声がサッパリと掛からなくなってしまい、それを散々に悩む。悩んだ末に有名になるのが一番とやってもいない放火犯を自供するとのエピソードは、凄く美人では無いが可愛さと愛嬌が魅力的な彼女にピッタリとハマっていた。27年間の不倫相手(1978年2人は結婚)という新藤兼人が脚本だけあって、彼女の魅力が満載であった。生きていくことに前向きなキャラクター設定も気に入った。
監督吉村公三郎、脚本新藤兼人、 高橋二三、製作山田典吾、撮影宮島義勇、美術
丸茂孝、音楽伊福部昭、録音福島信雅、照明森年男。
出演
轟夕起子いくよ、乙羽信子琴枝、藤間紫照葉、南寿美子ミサ子、島田文子(さと子)、
田中筆子きよ、日高澄子操、北原三枝ブンちゃん、長谷部健矢ノ口英作、清水将夫高梨三郎、宍戸錠高梨一彦、相馬幸子高梨夫人、金子信雄長畑医師、殿山泰司署長、安部徹長谷川警部、清水元梅津警部補、下絛正巳花田、飯田蝶子お篠姿さん。
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