「長回しは長けりゃ良いなんてものではありません 演出上不可欠な効果があるから選択される手法にすぎません 本作のラストシーンは正にそれだと思います」ラブホテル あき240さんの映画レビュー(感想・評価)
長回しは長けりゃ良いなんてものではありません 演出上不可欠な効果があるから選択される手法にすぎません 本作のラストシーンは正にそれだと思います
1985年公開
相米慎二監督はこの年3本も作品を公開しています
1985年
8月3日 ラブホテル(本作)
8月31日 台風クラブ
12月21日 雪の断章 情熱
すごいことです
しかも、そのうち8月公開の2本は数々の映画賞に輝いているのですから
元々、相米監督は日活ロマンポルノの出身で何本も助監督で製作に関わっていましたから、本作は古巣の日活ロマンポルノに監督としての凱旋作品と言えます
もちろん選んだ題材は、助監督時代に付いていた曽根中生監督が作品に取り上げていた石井隆の「天使のはらわた」シリーズです
名美と村木という男女の名前だけが共通するだけで内容は全て別物のシリーズです
本作はその「天使のはらわた」の冠こそついていませんが、本当は付いていて当たり前の内容です
自分なら「天使のはらわた」をこう撮るという作品です
相米監督らしく、長回しが多用されます
正直、それを使う意味があるのかと疑問に思うワンカットワンシーンもあります
それでも、成功している長回しが終盤に二つあります
一つは名美と村木の性交シーンです
二人が出会ったラブホテルの部屋に入ってからずっと長回しです
全部で11分です
ラブホテルの改装された部屋についてのやりとりがあり、服を脱がして
ベッドに押し倒して、彼女にのしかかかりつつ自分もぬぎます
もちろんボカシが入りからみとなります
しかしその描写はポルノにしては、やけに淡白なのです
「名美と呼んで・・・」
「名美!」
そう言ったとき村木は果ててしまいます
ここまでが7分
普通はここでカットが変わります
次のシーンにいくか、このままベッドの中の会話となります
ところが本作ではそうではなく、行為が終わっているのにそのままカメラが止まらないのです
古今東西、、果ててからが長い性交シーンはそうそうないと思います
「いや、抜かないで・・・」
快楽の余韻の反芻と怠惰の描写のみです
これが4分もあるのです
アダルトビデオは性交そのものの代償行為ですから、行為そのものを露骨に具体的に、時にクローズアップで表現します
しかし本作は、ポルノでありながらそこに関心がないのです
性交による精神の充足こそを描こうとしているのです
もうひとつはラストシーンの長回しです
これは、もう出色の出来映えで、本作を記憶に長く残る作品にしていると思います
ネギの入ったスーパーのビニール袋を抱えてコンクリート階段を下ってくる名美をカメラが望遠で捉えます
小走りになりアパートの鉄階段を折り返して上る後ろ姿となります
鉄階段を登る彼女の足が止まり、すぐ彼女のハイヒールが大写しとなり、彼女の脚越しに空っぽの室内を写します
カメラがすこし上がって彼女の絶望的な横顔を捉えます
彼女はそのままとって返して階段を下りようします
その時、その顔の向こうにコンクリート階段を下ってくる村木の妻が小さく写り込むのです!
まだカメラは回っています
そしてカメラはその妻に被写体を変えて、そのままクローズアップするのです
ここで映画の神様の奇跡でしょうか?
監督の演出なのでしょうか?
白い蝶々が絶妙のタイミングとコースで舞うのです!
蝶がフレームアウトした刹那、その位置から先ほどフレームから外れた名美がコンクリート階段を登ってきて再度フレームインしてくるのです!
そして二人は階段の途中ですれ違います
数歩過ぎたところで、先に名美が歩を緩め少し振り向きまた登って行きます
ワンテンポ遅れて村木の妻がその後ろ姿を振り返って見ます
その視線に気が付いて名美も振り返って二人の視線が一瞬絡み合うのです
うぐいすの鳴き声がします
これはもちろん後からの演出でしょう
名美はすぐ視線を逸らし、コンクリート階段を駆け上っていき、村木の妻も階段を何事もなく下り始めます
その時に桜の花びらが舞い、子供達が横合いからフレームインして遊びだし
コンクリート階段を駆け上って行きます
そして監督のクレジットがエンドマーク代わりとなるのです
これだけ濃密なのに僅か2分半でした
長回しは長けりゃ良いなんてものではありません
演出上不可欠な効果があるから選択される手法にすぎません
このラストシーンは正にそれだと思います
カットバックで撮っても、このような深い感動のあるシーンは絶対に撮れなかったと思います
お見事の一言です
カメラの神業だけでなく、このときの二人の女優の名演技はいつまでも心にのこるものです
とはいえロマンポルノとしても、しっかりと撮ってあります
特にヒロインの名美が素晴らしく美しく撮れています
肌色がむやみやたらに特に良い発色をしています
名美は普通は肉感的な女優が演じるのですが、本作では細い速水典子を起用しています
アダルトビデオの業界がアイドル路線で売れ始めているのをしっかりと把握してトレンドを取り入れています
彼女の細く美しい曲線をこれでもかと捉えてあります
行為や局部のアップとかよりもそちらに重点が置かれています
蛇足
新星堂のビニール袋
名美が着るデザイナーズブランドの衣装
めちゃくちゃ懐かしい
つまり時代性を的確に切り取れているのです
これも監督の細かい演出だったのだと思います